藤岡雅宣の モバイル技術百景

 

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2025年

 1月   5Gミリ波の利用拡大に向けて…スマホでの実装から使い方まで 

 

2024年

 6月   地下鉄、高層ビル、ショッピングセンターや万博会場などでスマホがつながるしくみ 
 7月   成層圏のHAPSを利用したモバイル通信 
 8月   パリオリンピックでは5Gがどのように使われたか 
 9月   地震や津波などのスマートフォンへの緊急速報の仕組み 
10月  携帯電話基地局の仕組みと5G通信品質の関わりは ― Massive-MIMOと周波数間連携などを解説 
11月  ソフトバンクが唱える「AI-RAN」、そのしくみは 
12月  モバイル通信での電波の死角をなくす! 無線中継器の仕組みと役割 

 

 

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2025年1月31日掲載

 

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 2025年1月

藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

 

5Gミリ波の利用拡大に向けて…スマホでの実装から使い方まで

藤岡 雅宣 2025年1月31日 00:01


 日本では、28GHz帯の無線免許が5G用及びローカル5G用としてモバイル通信事業者などに付与されています。昨年末このミリ波の利用促進のため、総務省はミリ波をサポートする端末の割引上限額を引き上げる見直しを行いました。この「ミリ波割り」上限額の見直しを契機に、ミリ波の利用が広がることが期待されます。

 2023年9月の本連載記事で、日本ではiPhone15でミリ波がサポートされないことを述べましたが、iPhone16でもミリ波対応は見送られました。しかし、長期的にはトラフィック容量の面でミリ波が必要となるエリアやミリ波の利用が必然となる利用シーンが現れると考えられます。今回は、スマホでのミリ波通信機能の実装と、ミリ波普及に向けた課題と期待について整理します。

| スマホでのミリ波サポート


 iPhoneではサポートされていませんが、日本でも約5%のハイエンドのスマホでミリ波がサポートされています。米国ではiPhoneをはじめとして、ミリ波をサポートする端末の割合が約60%にもなります。まず、スマホでミリ波通信機能をどのように実装しているのか見てみましょう。

 図1に、ミリ波に対応したスマホのハードウェア構成例を、無線処理部を中心に示します。図1(a)には、ミリ波対応の無線処理部とともに、3.7GHz帯や4.5GHz帯などサブ6(Sub6、6GHz以下の意味)と呼ばれる別の5G周波数対応の無線処理部も示しており比較することができます。

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 無線処理部は、ベースバンドモジュールと無線(RF)モジュール及びアンテナから構成されています。ベースバンドモジュールは、映像や音声などのデジタルデータを無線伝送に適した形式に変換(変調)したり、逆に無線の変調信号をデジタルデータ信号に変換(復調)する複雑な計算処理を行います。

 図1(a)で、ベースバンドモジュールはミリ波とSub6の両方に共通です。

 RFモジュールは、ベースバンドモジュールから送られてきた変調信号を電波に乗せるためのアナログ信号にしてアンテナに送る、またアンテナが受け取ったアナログ信号から元のデジタル変調信号を取り出してベースバンドモジュールに送る役割を担います。

 また、アンテナは無線のやりとりをする相手先の基地局との間で無線信号を送ったり、受けたりする役割を持っています。

 図1(a)から分かるようにSub6(青色)ではRFモジュールと、2つのアンテナそれぞれの間が少し離れています。つまり、Sub6ではRFモジュールとアンテナが別部品となっています。

 一方で、高周波のミリ波(赤色)においてはRFモジュール(ミリ波ではRFIC: Radio Frequency Integrated Circuit)とアンテナの間が離れていると、アナログ信号の減衰(力が弱まること)が大きくなり過ぎるので、RFICとアンテナを一体化して同じ部品の中に実装する必要があります。

 ミリ波は空中でも電波の減衰が大きく広いカバレッジを確保するのは難しいですが、このように装置内で有線で送る場合にも減衰が大きく配線など注意深く設計する必要があります。

 このRFICとアンテナを一体化したのがAiM(Antenna integrated Module、アンテナ一体型モジュール)で、図1(b)の実装例に示すような構造になっています。図から分かるように、基板のおもて面にアンテナを埋め込み、うら面にRFICを埋め込んでRFICとアンテナの間は非常に短く効率の良い配線となっています。

 アンテナの形状も、Sub6とミリ波では異なります。ミリ波向けのアンテナは、パッチアンテナという数ミリ辺の四角形の金属箔を等間隔で縦一列に、あるいは縦横に複数個並べたアンテナアレーとして実装します。

 パッチアンテナ間の距離を波長の1/2(28GHz帯の波長は約10ミリのため間隔は約5ミリ)とすることにより、特定の角度に対象周波数が強い力を持つ指向性のある電波を発し、更にその方向を制御することができます。また逆に特定方法からの電波をより効率的に受信することができます。

| 基地局との無線接続


 スマホと無線のやりとりをする基地局側のAiMに相当するアンテナ一体型無線装置を見てみると、数百以上のアンテナ素子を持つ非常に大規模なアンテナアレーとなっています。大規模なアンテナアレーでアンテナ素子間が巧みに連携するMassive-MIMO技術により電波を鋭いビーム状にして特定方向に発出することができます。

 この基地局とスマホの間の無線接続では、基地局はサーチライトのようにビーム状の電波の送信方向を切替えていきます。スマホがそのビームが受信できたときに応答することにより、基地局がスマホの位置を認識する「ビームトラッキング」を行っています。実際のデータ通信では、基地局はビームトラッキングにより特定したスマホの方向にビームを送ります。その様子を図2(a)に示します。

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 スマホから基地局側への無線信号も、指向性を持たせて基地局で強い電波が受かるようにします。基地局から発信されるほどピンポイントの鋭い電波ではないですが、例えば横一列のアンテナアレーの場合には図2(b)のようにそのアレーと直交する方向に扇状の強い力を持つ電波を送ることができます。その扇を左右に振るように調整して、基地局の方向に電波が向くようにします。

| ミリ波実装の複雑さ


 AiM自体が複雑な構造となっており、また伝送損失の少ない基板材料の選定など様々な課題があります。

 例えばスマホの側面にAiMを配置する場合には、金属のスマホ筐体に溝や穴を作りそこに樹脂を埋め込むなどして、意匠性を保ちつつ電波が透過できるようにする、筐体とAiMを絶縁する、AiMが発する熱を放射する仕組みを設けるなど、小さいスペースにミリ波通信機能を実装するには様々な工夫と工数が必要です。

 図3に米国で販売されているiPhone15と日本のiPhone15の比較を示します。米国版iPhoneには日本で販売されているiPhoneには見られない追加の溝があります。この溝にミリ波のAiMが埋め込まれています。

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 更にビームトラッキングの処理など、ミリ波通信機能の実装は複雑でそれに見合ったコストが掛かることもあり、ハイエンドで高価なスマホしかミリ波に対応していないというのが現状です。今般のミリ波割り上限額を15,000円(税込み16,500円)上乗せすることにより、ミリ波の利用促進を図るということにはこのような背景があります。

 実際にミリ波のサポートのためにどの程度のコストが掛かるか推定するのは難しいですが、5Gミリ波が最も利用されている米国で販売されているスマホでは、同等の機能を持つ機種でもミリ波サポートの有無で売価が50ドル程度異なるようです。

| ミリ波対応スマホの利用シーン


 モバイル通信事業者4社で日本全国に既に約5万局のミリ波基地局が設置されています。基地局密度は米国に比べてもかなり高く、個々の基地局のサービスエリアは屋内であったり、屋外でもアンテナから200メートル程度と狭いですがそれでも使える場所はそれなりにあります。

 拡大したミリ波割りを利用するなどしてミリ波対応スマホを私達が手に入れたとして、どのような場面でミリ波の利点を感じることができるのでしょうか。

 ミリ波が力を発揮する例の一つが、スタジアムやイベント会場でスマホで撮影したビデオや画像をリアルタイムにSNSでシェアするような利用シーンです。もちろん、5G Sub6の電波を利用することもできます。しかし、多くの観客が同時にアップロードしようとすると、Sub6だけでは電波の容量が足りず輻輳して動画像を送れなくなる可能性があります。

 米国ではスーパーボウルのスタジアムやテイラー・スウィフトなどのコンサート会場でミリ波が多く利用されたということです。日本でも、たくさんの人が集まってスマホを使うような状況ではミリ波が有効となります。

 実際、日本のサッカースタジアムなどではハーフタイム中にSub6が混んで使えないような状況でも、ミリ波はサクサク利用できたという報告があります。

 このように、ビデオを撮影しながらアップロードするような利用形態を手始めに、ミリ波利用が広まっていく可能性があります。ビデオの撮影ではスマホを横持ちして撮影するのが一般的ですので、撮影するときに上側となる側面にミリ波アンテナ(AiM)を一つ実装しているスマホが多くなっています。

 初期のミリ波対応スマホでは人の手が電波を遮る可能性を考慮して、図1(a)のように複数のアンテナを実装して手の位置の自由度を担保していました。しかし、アンテナを一つにすれば実装がより簡単になるのと、スマホ全体の開発・製造コストを下げることができます。

| ミリ波による圧倒的な体感


 スタジアムやイベント会場の利用例もそうですが、例えばビデオのダウンロード時間が飛躍的に短縮できるなど、ミリ波が使えるところでは同じアプリを使ってもミリ波を使わない場合に比べて圧倒的な体感の差を感じるということを聞きます。

 ミリ波の利用が広がるためには、そのような体感を通してミリ波の有用性を理解するユーザーの数を増やす必要があるでしょう。その意味では、ミリ波が利用できる場所を増やすと同時にどこで使えるのかを広く認知してもらうことが望まれます。

 昨年12月の本連載の中でKDDIと京セラが開発したミリ波中継器に触れましたが、ミリ波が利用できる場所を増やすという意味では、ミリ波の基地局に加えて中継器を広く展開するような取組みも期待されます。

| ミリ波利用における課題


 さて、スタジアムなどで実際にはミリ波が空いているにも関わらず使えない場合があるという報告があります。その一つの原因が、5G NSA(Non-Standalone)におけるアンカーバンドの輻輳です。

 NSAでは4G(LTE)の無線接続をアンカーとして、スマホとネットワークの間の制御信号のやりとりに利用し、その無線接続に重畳してデータ転送用の5Gの無線接続を設定します。ここで、アンカーとなる4Gの無線接続が確立できないと、ミリ波の無線接続も利用できません。

 また、5G NSAでミリ波と組み合わせて利用できる4Gのバンドは5G Sub6と組み合わせることのできるバンドほど充実しているわけではなく、特定のバンドに限定されています。ミリ波と組み合わせができる4Gバンドがカバーしていない場所にスマホがいる場合は、そもそもミリ波を利用することができません。

 このような問題を解決するには、通信事業者が必要に応じてNSAのアンカーバンドの割当てを見直し、輻輳が生じにくいバンドやエリア毎に利用可能なバンドを割当てる必要があります。また、スマホでのアンカーバンドとミリ波の組合せに制約がある場合には、その設定を変更する必要があります。

 4Gバンドの利用が不要な5G SA(Standalone)に移行すれば、周波数の利用の仕方が柔軟となるのでこのような問題を回避することがより容易になると考えられます。

| 数やインフラ共同利用の可能性


 図4に示すように、5Gではモバイル通信事業者4社に各400MHzの帯域のミリ波無線免許が付与されています。また、企業のプライベートネットワークなどでの利用のためのローカル5Gにも900MHz確保され、合計2.5GHz幅が割当てられています。現状、この大きな帯域幅の無線資源が必ずしも有効利用されているとは言えない状況です。

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 一方で、上記のスタジアムやイベントで多くの人達が動画像のアップロードをする状況など、各通信事業者の400MHzでも帯域幅として十分ではなくなる可能性があります。そのような場合に限定した一つの解決策として、ローカル5G帯域の共同利用が考えられます。

 ここでローカル5G帯域の共同利用というのは、各モバイル通信事業者が免許を持ったミリ波帯域が混んでユーザーに割当てることができなくなったときに、共同利用を可能としたローカル5G帯域の一部を借用して利用するということです。

 また、スタジアムなどではカバレッジを確保できる無線装置の設置場所が限定され、ある事業者が設置すると他の事業者が設置できないという問題が発生しています。このような場合、複数事業者の無線帯域に対応した無線装置を設置して共同利用することも考えられます。

 各モバイル通信事業者に割当てられた400MHzをそれぞれの事業者の加入者が個々に利用するよりも、全帯域を束ねて共同利用するほうが有効利用できるのではないかという見方もあります。本来のローカル5Gの主旨に反する周波数の共同利用も含めて、周波数の共用については制度の改変が必要となるため、国を巻き込んだ議論が必要となります。

 貴重な資源である周波数の有効利用は大きな課題であり、これらの可能性を含めた議論が進むことを期待します。

| おわりに


 日本での5G利用の推進と6Gに向けた検討を進めているXGモバイル推進フォーラム(XGMF)の「ミリ波普及による5Gの高度化」白書で、5Gミリ波の現状と普及推進について詳細にまとめています。その中で、ミリ波の導入エリアと基地局整備、アプリ、端末の間で負の連鎖が生じているのではないかと述べています。

 つまり、ミリ波を使うアプリがないので利用が広がらず、従って通信事業者が基地局を積極的に設置せず、使える場所が限定的なのでスマホでのミリ波サポートも広がらないということです。ミリ波普及のためには、この負の連鎖を断ち切り図5に示すように正の連鎖を起こす取組みが必要だと考えられます。

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 本文ではスタジアムやイベント会場での利用について取り上げましたが、ミリ波は都市部の混雑エリアや繁華街などトラフィックが多いエリアや屋内でも力を発揮します。また、高速性や低遅延(データの送信側から受信側への到達時間が小さい)特性を利用して、工場や建設現場など企業での利用が広がることも期待されます。

 折しも、総務省では28GHz帯に加えて26GHz帯や40GHz帯という新たなミリ波の5Gへの免許割当ての議論が始まりました。2020年に商用化が始まった5Gも成熟期に入り本格的な展開が期待される中、ミリ波についても本格的な利用が広がることを期待したいと思います。

参照:

XGモバイル推進フォーラム 「XGMF白書 ミリ波普及による5Gの高度化 4.0版」 2024.12.3

総務省|情報通信審議会|情報通信審議会 情報通信技術分科会 新世代モバイル通信システム委員会 技術検討作業班(第36回)

| 藤岡 雅宣


1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士

 

 

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2024年12月31日掲載

 

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 2024年12月

藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

 

モバイル通信での電波の死角をなくす! 無線中継器の仕組みと役割

藤岡 雅宣 2024年12月30日 06:00


 KDDIと京セラが5Gミリ波のサービスエリアを拡大する、新技術を適用した無線中継器(RF Repeater)を開発したという発表がありました。ミリ波に限らず、モバイル通信の中継器はサービスエリアを拡大するために使われています。今回は、モバイルネットワークにおける無線中継器の仕組みと役割について考えてみましょう。

| なぜ無線中継器が必要か


 ビルの中やビル陰、地下道などでスマホの電波が弱くなって困ったことはありませんか。モバイル通信事業者は、普段ある程度の数の人が滞在したり通行する場所はできるだけどこでもスマホが使えるように無線基地局を面的に展開していますが、それでもカバーしきれない場所があります。

 基地局アンテナが見える場所だと電波が直接スマホに届きますし、アンテナが見えなくても建物を回り込んだりビルの壁面や道路で反射したりと様々な経路で電波はスマホに届きます。それでも、建物や地形が入り組んでいたりすると基地局からの電波が遮られて届き難い場所があります。

 複数の経路からの電波が伝搬距離の差によって互いに打ち消し合う場合もあります。電波は文字通り波なので、例えば2つの経路で届いた波の山と谷が一致していれば互いに強め合いますが、一方の波と他方の波が反転するようにずれると弱めあうことになります。それで、いわゆるデッドスポットができてしまいます。

 電波は周波数がより高くなると、伝搬距離に応じた減衰(電波が弱まること)量やビルの壁や窓を通過するときの減衰量がより大きくなります。特に、5Gで利用している3.7GHz帯や4.5GHz帯は4Gまで使ってきた、より低い周波数帯に比べて減衰量が大きいですし、ミリ波と呼ばれる28GHz帯だと更に一段と減衰量が大きくなります。

 このような建造物や地形、電波の減衰の影響によって基地局だけではカバーしきれない場所をカバーする手段の一つが無線中継です。大きなビルやショッピングセンター、地下鉄、地下街などは一般に専用の基地局や構内用システムを利用して無線カバレッジを確保しますが、ビル陰や小さなビル、基地局からの距離が大きい場所などでは無線中継器が使われることがあります。

| 無線中継器とは


 無線中継器というのは、図1に示すように受信部で電波を受信し、増幅部で受信した電波を強くして、送信部から元々は電波が弱いエリア(電波の死角)にある機器に受信できるレベルの電波を届ける装置です。受信部と送信部には、それぞれ受信用と送信用のアンテナが必要です。

1 モバイル通信の中継器は、無線基地局からの下りの電波を受けて増幅した後スマホに電波を送る機能と、逆方向でスマホからの上りの電波を受けて増幅した後基地局に電波を送る機能が必要です。装置としては、多くの場合図2に示すように上りと下りの機能を一体化した構成が採用されています。

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 一般に、中継器の基地局側への電波の送受信を行う部分をドナー面(ドナーは提供者の意味)、スマホへの電波の送受信を行う部分をサービス面と言います。ドナー面とサービス面は上りと下りそれぞれで同じ周波数の電波を送受信するので、物理的に反対方向に向き明確に分かれていないと、自身の送信した信号を再度受信して増幅するハウリングが発生する可能性があります。

 中継器の装置構成としては、ドナー面とサービス面を別の筐体とし、両者の間をある程度の長さのケーブルで接続して電波が回り込まないようにする構成と、物理的に一つの筐体として両面からの電波が互いに回り込まないように工夫している構成があります。

 中継器は電波を中継・増幅することによって、基地局の電波が届くサービスエリアを大きくする役割のみを担います。基地局としての容量、つまり疎通できるデータトラフィック量を増やす効果はありません。トラフィック量が多いエリアでつながりにくさを解消するには、無線周波数の帯域を増やしたり周波数利用効率を改善するか、基地局を追加で設置するしか手立てはありません。

| 無線中継器の利用シーン


 大きなビルで屋外基地局からの電波が受からない場合には、屋内専用の基地局や分散アンテナシステム(DAS: Distributed Antenna System)を利用することが多いですが、小さなビルや商店街などでは中継器を利用するのが有効です。

 図3のように、ビルの屋上や窓の外にドナー面のアンテナを設置し、ビル内のカバレッジを確保したいところに増幅部とサービス面の筐体やアンテナを設置する構成が採られます。屋外のアンテナは基地局からの電波が十分に強い位置に設置する必要があります。

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 ビル陰や地下道、駅の構内やプラットフォームなど入り組んだエリアでも基地局の電波が届きにくいところがあり、無線中継器が有効です。基地局からの電波が届くビルの壁面や軒下、ポールなどにドナー面のアンテナを設置し、電波の死角となっている方向にサービス面のアンテナを向けることによりカバレッジを拡張できます。

 家庭内や小さなオフィスなどの屋内でモバイル通信の電波の届きが悪い場合には、小出力の中継器を利用することも可能です。家やオフィスの外で基地局の電波が十分に強いところにドナー面のアンテナを置き、屋内にサービス面のアンテナを置くことによりカバレッジを確保できます。

 海外、特に欧州や北米で山間部や広大な平原を走る一部の列車では、無線中継器で車外のモバイル通信の電波を増幅して、車内で乗客や乗員に少しでも品質の良い通信ができるようにしています。日本では線路沿いやトンネル内で広くカバレッジを確保しているのと、車内ではWiFiを提供することもあり、このような中継器の利用の仕方は一般的ではありません。

| アナログ型とデジタル型


 無線中継器には、アナログ型とデジタル型があります。図4にこれら両者の違いを簡単に示します。アンテナで受信した電波からフィルターにより中継器の対象となる通信事業者の免許帯域だけを取り出すところまでは、アナログ型とデジタル型で共通です。

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 アナログ型では、取り出した帯域の信号を増幅して反対面のアンテナから強くなった電波を放出します。一方で、デジタル型の場合は対象となる帯域の信号を一旦アナログからデジタルに変換します。

 そして、デジタル信号処理により他システムからのノイズや対象となる事業者の隣接基地局やスマホ、及び他事業者の基地局やスマホからの干渉を取り除きます。

 4Gや5Gなど、近年のモバイル通信システムは電波に信号を乗せる前はデジタル形式でデータや音声を扱っています。なので、アナログの電波をデジタルに戻して処理することにより、元の信号を復元したり、周波数成分ごとのノイズや干渉を除去する処理が可能となります。

 アナログ型では、ノイズや干渉の成分もそのまま増幅してしまうことなるため、デジタル型に比べて信号の品質が悪くなる可能性があります。

 一方で、デジタル型ではアナログとデジタルの変換に少し時間が掛かるので中継器の両面間での時間のずれが生じ、これが大きくなると基地局とスマホの間で同期を取ることが難しくなります。アナログ型は中継処理そのものは単純なので、大きな時間のずれは生じません。

| 無線免許


 日本では無線設備を設置・運用する場合には、原則として総務省から無線局免許を取得する必要があります。モバイル通信の中継器も無線設備であり、原則免許が必要です。この免許は、中継器の使用周波数帯、設置場所などを記載して申請して取得します。但し、家庭用や小さなオフィス用の弱い電波しか出さない中継器には免許が不要です。

 中継器を利用するには、他の機器に悪影響を与えない、装置が安全に動作する、といった総務省の技術基準を満足するのも条件となります。技術基準を満足していることは、TELEC(一般財団法人テレコムエンジニアリングセンター)など認定試験機関での技術適合試験で合格し、技適マークを得ることで確認します。無線局免許が不要な小電力の中継器でも技適マークは必要です。

 無線局免許には、一つひとつの中継器で取る個別免許と、同一仕様の複数の中継器について一括して取得する包括免許があります。個別免許では各中継器について、場所、使用目的、仕様などを提出し、審査を受ける必要があります。一方で包括免許では、複数の機器の免許を一括して取得し、各機器ごとに詳細な審査を受ける必要はありません。

 個別免許は中継器の適用性をチェックするために試験的に少数導入するような場合に有効ですが、包括免許はある程度の数の中継器を広く導入していく場合に有効です。

| 日本特有の仕組み


 RANとは直接関係のないAIの処理と、4Gや5Gのモバイル通信のための無線まわりの処理を同じコンピューティング基盤上で行う技術です。

 コンピューティング基盤において、RAN本来の無線信号処理などでは使わない余剰のリソースを、例えば第三者のためのモバイル通信以外のAI処理に貸し出すことで、モバイル通信事業者が新たな収益を得る可能性が出てきます 中継器に関する技術基準などは世界である程度共通していますが、日本特有の要求条件もあります。その代表的なものがネットワーク識別機能です。モバイル通信の基地局は、自身がどの通信事業者の基地局かという情報(PLMN ID=Public Land Mobile Network Identifier)を報知チャネルという無線チャネルで常に報知しています。

 日本で包括免許を取得する中継器は、この基地局から報知されるPLMN IDを解釈して、対象となる事業者の無線信号を増幅してから送信しますが、他事業者の無線信号は増幅しないことが要求されます。各事業者の使用する周波数帯域は決まっていますが、そこに他事業者の無線信号が干渉するような場合にその干渉波を排除するようになっています。

 この機能により、中継器の性能がある程度良くなる可能性はあります。しかし、このような要求条件は日本だけで求められるものであり、開発のためのコストが余分に掛かるというデメリットもあります。また、海外製品の日本での利用の際の障壁となっているようです。

| ミリ波中継器


 冒頭のKDDIと京セラが開発した中継器は、5Gで使っているミリ波(28GHz帯)用のものです。ミリ波は使用できる帯域が広く、高いビットレートや大きな容量を確保するためには有効ですが、電波の飛びが悪いこともあり、またiPhoneを含めて使えるデバイスも少なく、未だ広くは普及していないのが現状です。

 ミリ波の中継器は、基地局のカバレッジを少しでも拡張してスマホなどが使えるエリアが大きくなるという意味でミリ波の普及を後押しする装置です。しかも、今回の装置は多段中継によりカバレッジを一層広げることができると同時に、ドナー面とサービス面を状況に応じて切り替えることができるということで柔軟性高く利用できる可能性があります。

 多段中継を行うということもあり、本中継器はドナー面とサービス面を一体化し、アナログ型で処理遅延を最小限とするようにしているようです。このような中継器の利用も広がり、ミリ波の利用が進むことを期待します。

| 反射板


 ミリ波のように直進性の高い一方で建物など障害物を回り込む力が弱い電波では、電波を反射する反射板が利用できる可能性もあります。反射板というのは、文字通り電波を反射する素材からなる板で単純に鏡のように入射した電波を90度反射するだけではなく、液晶や特殊な素材によって人工的に作られたメタサーフェスという加工をすると反射角を自由に変えることができます。

 基地局アンテナから見通しのあるところに反射板を設置し、ビルの死角など電波が届かないところに向けて反射することにより基地局のサービスエリアを拡大することができます。屋内でも、廊下の曲がり角や会議室の入り口に反射板を置くなどして、カバレッジを拡張できる可能性があります。

 このような反射板を中継器と補完的に利用することにより、ミリ波を初めとする高い周波数を利用したモバイル通信を使える範囲が広がることが期待されます。

| おわりに


 現状、モバイル通信の無線中継器は電波を単に中継・増幅する装置ということで、なるべく単純で低価格なものが重宝されているようです。そうした背景から、日本では韓国や台湾などのベンダーの価格競争力のある製品が多く使われています。

 一方で、今回のKDDIと京セラのミリ波中継器のように自動的に電波の中継ルートを決めるようなインテリジェントな中継器が活躍する可能性もあります。

 また、今後衛星からスマホへのダイレクトアクセスが広く提供されるようになると、衛星とトンネルの中などとの間の無線中継のような使い方が一般的となる可能性もあります。

 5Gそして次世代の6Gにおいて、高い周波数の電波を効率良く使いこなして増大するモバイルトラフィックに対応していく必要があります。上記の衛星中継も含めて、今後無線中継器がどのような役割を果たしていくのか注視していきたいものです。

| 藤岡 雅宣


1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士

 

 

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2024年11月30日掲載

 

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 2024年11月

藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

 

ソフトバンクが唱える「AI-RAN」、そのしくみは

藤岡 雅宣 2024年11月29日 00:01


| AI-RANの仕組みとねらい


 最近、「AI-RAN」という言葉をよく聞きます。また、ソフトバンクがAI-RANの統合ソリューションの開発を開始したということです。

 

 AI-RANはモバイル通信における無線基地局のネットワークであるRAN(Radio Access Network)にAI(人工知能)を取り込んでいこうということですが、どんなふうに実現するのでしょうか。また、そのねらいは何でしょうか。

| モバイルネットワークでのAIの利用


 近年のAIの著しい進化に伴い、個人利用も企業での利用も含めて急速にその適用分野が広がってきています。モバイルネットワークも例外ではありません。4Gから5Gへの進化の中で、複雑化するネットワークを効率的に使いこなしたり、様々な作業を自動化したりするためにAIの利用が広がってきています。

 モバイルネットワークでのAI利用の基本は、図1のようにネットワーク内の無線基地局やコアネットワーク装置から大量のデータを収集し、これを処理・分析して必要なアクションを導き出すことです。ここでいう「データ」とは、主に各装置の利用状況に関わる情報、送受しているユーザーデータの数量、通信を制御するために装置・機能間でやりとりされる制御信号などです。

3

 具体的には、「(1)をネットワークの各装置を効率良く、バランス良く利用するためのネットワークの最適化」、「(2)障害が発生する前に予防し、安定的にネットワークを自動的に稼働させる運用の自動化」、「(3)不正アクセスやサイバー攻撃を防ぐセキュリティ対策」、「(4)機器のエネルギー使用を最適化し環境への負荷低減を実現する省エネ」などの分野でAIの利用が進んできています。 

| AI-RANとは


 上記のようなネットワークにおけるAIの利用も視野に入れて、無線基地局群にAIを統合する新たなRANのアーキテクチャがAI-RANです。AI-RAN は、RANインフラをAI基盤として再定義するという面もあります。AI-RANはソフトバンクやAI処理用半導体ベンダーであるNVIDIAなどが提唱し、他関連企業と共同で設立したAI-RAN Allianceを中心に研究開発を推進しています。

 AI-RAN Allianceでは、図2に示す3つの重点検討領域を設定して取り組んでいます。各領域の技術内容は以下のとおりです。 

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| AI for RAN


 AIを活用して、RANの性能を向上させる技術です。

 具体的には、ネットワークの混雑状況を分析して、複数の周波数を各スマホに最適に割り当てたり、AIがリアルタイムで通信状況を分析して電波が弱い場所でも動画がスムーズに再生されるように安定した通信を実現したりするような利用シーンなど最適化、自動化、セキュリティ対策、省エネでの利用が想定されます。

 このようなRANにおけるAIの利用は、世界的に基地局の中にAIを組み込んだり、基地局に外部からアクセスするための切り口(インターフェイス)を設け、外部のAIを含むシステムが基地局を監視したり制御する形で既に広く実現されつつあります。

 AI-RANでは基地局にAIを組み込んだ形態を想定しており、これにより即時性、効率性が高まります。

| AI on RAN


 基地局が持つAI機能を利用して、基地局の近くのユーザーやデバイスへ即時性の高いサービスを低遅延で提供する技術です。

 一般に「エッジAI」と呼ばれるネットワークの末端部分(エッジ)にAIを配備する仕組みにおいて、基地局がエッジとなるケースともとらえることができます。

 エッジコンピューティングとも呼ばれますが、データをクラウドなどに送らず近くで処理するため、低遅延で即時性が求められるサービスに利用できます。

 例えば、監視カメラで高解像度映像により怪しい人物の動きを即座に捉えてアラームを出したり、自動運転車が事故を防ぐための瞬時の判断を基地局のAIが支援するなど、様々な利用シーンが考えられます。

 エッジAIにおけるAIを、例えばスマホやクルマなどのデバイス側が持つ形態もありますが、RAN側のAIによりデバイス自体がアクセスできないデータを利用したり、基地局内AIの大きな処理能力により高度で複雑な処理が実現できる可能性があります。

| AI and RAN


 RANとは直接関係のないAIの処理と、4Gや5Gのモバイル通信のための無線まわりの処理を同じコンピューティング基盤上で行う技術です。

 コンピューティング基盤において、RAN本来の無線信号処理などでは使わない余剰のリソースを、例えば第三者のためのモバイル通信以外のAI処理に貸し出すことで、モバイル通信事業者が新たな収益を得る可能性が出てきます。

 基地局のコンピューティング基盤は通常、その基地局のサービスエリアでの通信トラフィックがピークとなる状況でも余裕を持って処理ができるだけの能力を持っています。

 つまり、処理能力はほぼいつも余っているということになります。特に夜間などトラフィック閑散時にこの処理能力を無駄なく利用できれば、貴重なリソースの有効利用になります。

 街の騒音や大気汚染状況を基地局ごとに分析・監視、自動運転の経路を周辺の交通トラフィック状況を分析して最適化、患者のウェアラバルデバイスのデータを収集・分析して異常時に即時に医師に通知、農地で土壌や気象データをもとに最適な灌漑や肥料散布を支援など、地域ごとに必要なAI処理は今後増加すると想定され、AI and RANが有効となる可能性があります。

 なお、AI on RANとAI and RANの両方を合わせて「AI with RAN」ということもあるようです。

| 基地局の仮想化とAI-RAN


 AI-RANのようなアーキテクチャが生まれた背景には、通信ネットワークの仮想化の流れがあります。

 従来、通信ネットワークは多数のユーザーへ通信サービスを同時並行的に提供するために、膨大な数の並列処理をリアルタイムで高信頼に実現する必要がありました。そのため、ネットワーク内の処理装置は専用のハードウェアに専用のソフトウェアを搭載して実現していました。

 従来の基地局においても、無線信号処理用に設計された半導体チップであるASIC(Application Specific Integrated Circuit)や、無線信号処理に専用化したFPGA(Field Programmable Gate Array)と呼ばれる専用のハードウェアとその上で動作する専用のソフトウェアを利用するのが一般的でした。

 しかし、近年の半導体技術の進歩で計算処理プロセッサ(CPU:Central Processing Unit)やメモリが高速化し、従来の専用装置並みの処理能力が手軽に実現可能になりました。

 そこで、このような汎用のハードウェア上で従来の通信装置が持っていた機能をソフトウェアとして実現する「仮想化」が現実的となり、モバイルネットワークは10年ほど前から急速に仮想化が進みました。

 無線基地局については、無線まわりのアンテナやアンテナに無線信号を送ったり、アンテナからの無線信号を受ける無線装置のアナログ処理についてはハードウェア依存の部分が大きく仮想化は困難です。一方で、その他のデジタル処理は仮想化の可能性があり、実際仮想化が徐々に進みました。

 具体的には、映像や音声などのデジタルデータを無線伝送に適した形式に変換(変調)する、あるいは無線装置で受け取った変調信号をデジタルデータ信号に変換(復調)するベースバンド処理と言われるデジタル信号処理や、基地局の中でスマホとインターネットの間の通信データの送受信を制御する部分は基本的に計算処理であり仮想化の対象となっています。

 この基地局の仮想化において、基地局全体の制御やベースバンド処理の基本部分はCPUが行い、膨大なリアルタイム並列信号処理はアクセラレータと呼ばれる高速処理プロセッサが行う構成が一般的です。このアクセラレータとして、例えばGPU(Graphics Processing Unit)を実装すれば、そのGPUにAI処理を行わせることも可能となります。

 従来、基地局で用いられていたASICやFPGAは無線ベースバンド処理以外に利用するのは困難です。

 一方でベースバンド処理を汎用のCPUやGPUを用いて実装すれば、信号処理で使っていない時間には別の用途で利用することが可能となります。AI-RANでは、このように仮想化した基地局のコンピューティングパワーを多目的に利用していこうという考え方が基本にあります。

| 無線信号処理とAI処理との類似性


 さて、AIが大量のデータを取り込んでその中にある規則性やパターンを見つけ出す学習や、学習した成果(モデル)に基づき予測や判断を行う推論においては、膨大で並列的な計算処理が必要となります。このような処理に、もともと画像処理用に開発されたGPUがたくさん使われています。

 GPUは、数百から数千のコアと呼ばれる計算処理を行う演算ユニットを内蔵しています。それらが並列に動作することで、大量の計算を効率的に処理できます。画像処理の場合には、図3(1)に示すように、ピクセルと呼ばれる画像を構成する単位(特定の位置の画像要素)ごとにそれぞれ異なるコアが並列に同じ処理を行うイメージです。

 一方、モバイル通信における無線の信号処理も実は良く似た処理を行っています。4Gや5Gではスマホと基地局の間ではOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)という無線方式を使っていますが、OFDMAでは図3(2)に示すようにサブキャリアと呼ばれる小さな帯域幅単位に分割してそれぞれ独立に使用します。 

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 実際の無線信号はリソースブロックという単位で扱われます。リソースブロックというのは基地局とスマホなどの端末との通信に割り当てる無線資源(リソース)の最小単位で、サブキャリアをいくつか束ねた、例えば180kHzといった周波数帯域と1ミリ秒(千分の1秒)といった時間成分からなります。無線信号処理は、このリソースブロックごとの計算処理を並行して行うわけです。

 それで、GPUの各コアがリソースブロック毎のリアルタイムの高速処理を並行して行うことにより、画像処理と同じようにGPUが無線信号処理を実行できると期待されます。実際、ソフトバンクやNVIDIAではGPUを無線信号処理に適用できるかどうか評価を進めてきており、十分に利用可能であるという見通しが得られています。

 このように、GPUはAI処理に利用できると同時に無線信号処理にも利用できます。AI-RANではアーキテクチャ上GPUの利用を必ずしも前提とはしていませんが、GPUが多目的に利用できるということが、このアーキテクチャの妥当性を訴求する根拠となっています。 

| AI-RANソリューションの開発


 ソフトバンクではAI-RANの商用化に向けて、AIと基地局のベースバンド処理を同一のプラットフォーム上で実現する統合ソリューション「AITRAS(アイトラス)」の開発を本格的に開始したということです。AITRASの構成は図4に示すとおりで、NVIDIAのGrace Hopperプラットフォーム上に仮想化基盤を構築して、その上でAIと基地局用の処理が共存します。 

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  AI-RANとして、システムを多目的に利用するためのキーとなるのがオーケストレーターであり、コンピューティング基盤を必要に応じて動的に異なるタスクに適切に振り分ける役割を持ちます。ここでは、AI処理と基地局ベースバンド処理に計算処理リソースを振り分けます。

 基地局ベースバンド処理(L1ソフトウェア)の上に、スマホとインターネットとの間の通信データの送受信を制御する機能(L2/L3ソフトウェア)があります。

 実際、AITRAS本体から光回線を伸ばして20個の基地局無線ユニット(Radio Unit)を、実証サイトである慶應義塾大学湘南キャンパスに設置して、動作・性能確認を行いました。

 これら基地局機能に加えて、エッジAIとしてAI遠隔制御ロボットや自動運転支援のアプリケーション機能も実装して基地局機能と同時並行で運用し、こちらもキャンパス内で動作・性能確認を行いました。

 AITRAS のコンピューティング用ハードウェアはクラスター構成(複数の処理装置を連携させて一つのシステムとして動作)となっており、6つのGrace Hopper サーバーが信号処理やAI処理のタスクを実行するworker node として使用されています。このクラスターでは、各 Grace Hopper サーバーに1つの CPU(Grace) と1つの GPU(Hopper)が搭載されています。

 Grace Hopper 上のソフトウェア実行環境である仮想化基盤には、Red Hat社のOpenShift が使われています。OpenShift は クラウドで広く使われているKubernetes(タスクを効率的に管理、割当て、実行するためのソフトウェア)をベースとしており、ソフトウェアの小さな実行単位であるコンテナを多数同時並行的に効率良く実行します。

 ソフトバンクとしては、このような技術検証を経て自社の商用ネットワークへ導入するほか、2026年以降に国内外の通信事業者への展開と拡大を目指すとしています。AITRASの開発は、ソフトバンクがインハウスで行っている部分も多いですが、実際の商用化に向けては図4に示されたベンダー、その他ベンダーがシステム開発を行うものと想定されます。

 これらの取り組みにより、ソフトバンクはAIと通信の融合による次世代のモバイルネットワークの実現を目指しています。 

| AI-RANによる新しいビジネスモデル


 AI-RAN Allianceとは別に、米国通信事業者であるT-Mobileが次世代モバイル通信システム「6G」のためのAI-RAN技術開発プロジェクトを主導し、AI-RAN Innovation Centerを設立しています。

  このプロジェクトのメンバーはT-Mobile、NVIDIA、Ericsson、Nokiaであり、全てAI-RAN Allianceの設立メンバーです。

  大手基地局ベンダーであるEricssonやNokiaがAI-RANの活動に参画しているということは、AI-RANが通信業界の大きな流れの一つになりつつあるということだと考えられます。無線信号処理用のASICなどの開発には数十億円レベルの大きなコストが掛かると想定され、6Gなどに向けて進化が著しい汎用プロセッサを利用していく方向に舵を切る可能性があります。

 同時に、AI-RANを導入することによりモバイル通信事業者がAI機能を第三者に切り売りすれば、新たな収益源となります。

 通信サービスでの収益に加えて、AIの販売で収益を得ることができれば、膨大なコストが掛かるRANの構築・運用のコストを相当程度回収できることになります。AI-RANにより、新たなビジネスモデルが生まれるということです。 

| おわりに


 6Gに向けた検討の中で、通信ネットワークとコンピューティングの融合によりデータの発生場所の近くで計算処理が行えることが重要であると言われています。AI-RANアーキテクチャは、コンピューティング機能がネットワーク内に遍在することになり、まさにこの融合を具現化するものです。

 AI-RANは開発が始まったばかりであり、今後の展開については不確定要素が大きいですが、モバイル通信の面からは基地局の構成や役割が大きく変わり、事業者にとってもビジネスモデルが変わる大きな流れとなる可能性があります。今後の動きについて注視していく必要があるでしょう。

| 藤岡 雅宣


1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士

 

 

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2024年11月2日掲載

 

藤岡雅宣の モバイル技術百景

 

バックナンバー

藤岡雅宣さんがインプレス社のサイト”ケータイWatch”に掲載された連載記事を紹介しています。

 

 

 2024年10月

藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

 

携帯電話基地局の仕組みと5G通信品質の関わりは――Massive-MIMOと周波数間連携などを解説

藤岡 雅宣 2024年10月31日 00:00


 NTTドコモが5G基地局の調達先ベンダーを変更する、あるいはKDDIが基地局の運用の仕方を工夫し優れた回線品質を実現しているなど、最近基地局関連のニュースが多く報じられています。

 基地局を各地に設置していくには、非常に大きなコストが掛かり、モバイル通信事業者にとって最も大規模な資産です。

 そこで、今回はあらためてモバイル通信基地局の仕組みをレビューし、基地局と5G通信品質の関係について考察します。

| 無線基地局の構成要素


 私たちが毎日使っているスマートフォンは、基地局を介して、インターネットなどとつながっています。

 個々の基地局からの電波は到達する距離に制約がありますが、人が住んでいるところやよく行き来するところで切れ目なく通信できるよう、面をカバーするように数多く設置されています。

 基地局は図1に示すように、一般にベースバンド装置(BBU: Baseband Unit)と無線装置(RU: Radio Unit)及びアンテナから構成されています。モバイル通信ではインターネットからスマホへの方向を下り(Downlink)、スマホからインターネット(コアネットワーク側)の方向を上り(Uplink)とよびますが、基地局は下りと上りの両方の処理を行います。

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 BBU(ベースバンドユニット)は、下りではインターネットから受け取った映像や音声などのデジタルデータを無線伝送に適した形式に変換(変調)、また、上りでは逆にRU(レディオユニット)から受け取った変調信号をデジタルデータ信号に変換(復調)する非常に複雑な計算処理を行います。また、BBUは基地局同士の連携など基地局全体の運用でも重要な役割を果たします。

 RUは、下りではBBUから送られてきた変調信号を電波に乗せるためのアナログ信号にしてアンテナに送る役割を、上りではアンテナが受け取ったアナログ信号から元のデジタル変調信号を取り出してBBUに送る役割を担います。

 このため、BBUとの窓口にはアナログ・デジタル変換をするトランシーバー(Transceiver)があります。

 アンテナはスマホとの間で直接、無線信号のやりとり、つまり下りではスマホへ電波を発射し、上りではスマホからの無線信号を受信します。

 私たちがビルの屋上や鉄塔の上で見かける長い円柱状とか細長い長方形状のものがアンテナです。アンテナには細い棒状のものがあったり、屋内では天井につけられた丸い火災警報器に似た形状のものもあります。

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 電波は文字通り“波”であり、波に信号を乗せて送るわけですが、遠くまで届けるには大きな波を作る必要があります。

 電波の大きさ、即ち振幅は波がどれだけの電力(出力)を持つかということに相当します。それで、下り方向ではRUに電力増幅器(Power Amplifier、アンプ)が組み込まれ、BBUからのデジタル信号を電波に乗せるアナログ信号に変換したあとに増幅、つまり振幅を大きくしてからアンテナに送ります。

 上り方向については、スマホから大きな出力の電波を送ることはできません。また、電波は遠くへ行くほど弱くなるので、基地局アンテナはそのような弱い電波でも受けられるように優れた受信感度を持っています。

 アンテナからRUへつなげるケーブルでも受信信号は減衰する(弱まる)ため、アンテナとRUの間にLNA(Low Noise Amplifier)と呼ばれる増幅器を設置することもあります。

MIMOとMassive-MIMO


 基地局において、同じ帯域幅(無線周波数の広さ)でも周波数利用効率を上げて、より多くの情報量を送る手段としてMIMO(Multiple Input Multiple Output、マイモ)という技術があります。

 MIMOでは複数のアンテナを同時に使うことで、情報を複数の経路に分けて送ります。たとえば、図2のように2つのアンテナを使って2つの異なる信号の流れを同時に送信すると2倍の情報量を送ることができるイメージです。

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 MIMOの個々の経路がそれぞれ完全に独立しているのであれば、アンテナの数だけ多くの情報量を送れますが、実際には電波は空中に発出されるので個々の経路は独立ではなく相関があります。なので、単純にアンテナの数を増やしたからといって送れる情報量がその数だけ増える訳ではありません。それでも、特に建物がたくさんある街中などではビルの反射などで個々の経路の独立性が高まり、MIMOの有効性が大きくなります。

 MIMOでは、基地局アンテナを複数設けるのと同様にスマホにも複数のアンテナを組み込むことで、「2×2 MIMO」や「4×4 MIMO」として活用されています。

 たとえば「2×2 MIMO」は、基地局アンテナもスマホのアンテナもそれぞれ2つあり、2つの経路で送られた電波を2つのアンテナでそれぞれ受信することを意味します。

 MIMOはモバイルデータ通信が本格的に始まった3Gの時代から通信速度や通信容量を増大する手段として使われ始めました。そして4Gでは2×2 MIMOが、5Gでは4×4 MIMOや8×8 MIMOも含めて広く使われるようになり、通信容量の拡大や複数経路利用による安定した通信に役立っています。また、MIMOはWi-Fiでも利用されています。

 一本のアンテナから電波を出すと、電波は全方向に同じ強さで飛んでいきます。

 MIMOでは複数のアンテナを使って電波を出しますが、送信する信号の位相(電波の山や谷の位置)、タイミングを異なるアンテナ間でうまく調整し、連携することによって、特定の方向に電力を集中させ、指向性を持たせることができます。

 このように 電波に指向性を持たせることを、ビームフォーミング(Beam Forming、ビーム形成) といいます。

 「ビーム」は特定の方向に遠くまで届くので、基地局で利用した場合にはカバレッジ(基地局から電波が届く範囲)を拡張できます。MIMOのアンテナの数を増やしていくと、指向性をどんどん強くでき、電波をより狭い幅のビームにすることができます。そして、アンテナの数が数十、数百になるとたとえば10~20度の鋭いビームを作り、指向性をより高めることができます。

 このようなMIMOを膨大な数の電波経路を持つということでMassive-MIMO(マッシブマイモ)といいます。

 Massive-MIMOは、従来の4×4 MIMOや8×8 MIMOよりも電波の到達距離が大きく、その分、カバレッジが広くなります。電波は周波数が高くなると飛びが悪くなるので、Massive-MIMOは5G専用に割り当てられたような高い周波数で、できるだけ大きなカバレッジを実現したいときに有効です。

 Massive-MIMOではビームをスマホに向けて送り、逆にスマホが無い方向には電波を発出しないので電波を無駄なく利用できます。また、Massive-MIMOではMU(マルチユーザー)-MIMOと言う、同時に複数のビームを形成してそれぞれ異なるスマホとの通信に利用することも可能です。このように、Massive-MIMOを用いると電波を効率良く利用して、基地局全体としての通信容量を拡大することができます。

| Massive-MIMO無線装置


 図3にMassive-MIMOアンテナのイメージと製品例を示します。Massive-MIMOでは個々のアンテナは実際には小さなアンテナ素子として実装され、アンテナ素子を縦横に並べて全体としてMassive-MIMOのアンテナ(群)を形成します。

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 アンテナ素子の長さは電波の効率的な送受信を実現するため、使う電波の波長(波の頂点間の距離)の1/2とします。たとえば5Gで使われる4GHz帯の周波数だと波長が7.5cm程度なので、アンテナ素子の長さは3.75cm程度となります。

 Massive-MIMOのアンテナは、実際には図1で説明した基地局の構成における無線装置(RU)と一体化して実装しています。一般に個々のアンテナ素子ごとにアンプが併設されており、アンプとアンテナとの間の伝送に伴う信号の減衰や雑音発生を抑制しています。また、BBUとの間のデジタル信号とアナログ信号を変換するトランシーバーもアンプに併設しています。

 Massive-MIMO用の装置は、商用導入初期時は64アンテナ素子の製品では、たとえば高さ1m、幅50cm、重量50kgなど扱いにくく、設置できる場所が限定されていました。しかし、現在は装置の小型・軽量化が進み、たとえば32アンテナ素子で15kg以下の重量の製品も商用化されており、設置場所の自由度も高まっています。

 なお、Massive-MIMOは、基地局側では多数のアンテナ素子を利用して電波の送信、受信を行いますが一般にスマホ(端末)側ではスペースの制約もあり、2つ、4といったアンテナ素子しか持っていません。

 そのため、Massive-MIMOのスペックは基地局側のアンテナ素子数を用いて「32T32R(送信側も受信側も32素子)」とか「64T64R」と表現します。TとRは、それぞれTransmit(送信)とReceive(受信)の略です。

| 世界の5G基地局の動向


 日本では、4G LTEで既にソフトバンクが3.5GHz帯などでMassive-MIMOを備えた基地局を一部導入しました。しかし、5Gとして割り当てられている3.7GHz帯や4.5GHz帯などのいわゆるSub-6(サブシックス、6GHz以下の5G専用周波数)では、無線装置の重量や大きさ、設置基準などの問題もありMassive-MIMOの導入があまり進んでいません。

 一方で海外に目を向けると、5Gを展開している世界各国でサブ6の基地局の70~100%で、32アンテナ素子や64素子(2つとか4つの素子を束ねて一つの組としている場合もあり、その場合は32組や64組)を用いるMassive-MIMOが導入されています。これにより、高速通信が可能な5Gのカバレッジを大きくし、通信トラフィックの増大に対処しています。

 今般、ドコモが5G基地局の調達先ベンダーを変更することにした背景には、Massive-MIMOを有する基地局を導入して5Gのカバレッジやデータ通信容量を一気に向上させてユーザーの体感品質を改善していこうという狙いがあると思われます。条件にもよりますが、4×4 MIMOに比較して32アンテナ素子のMassive-MIMOは下りで2~3倍程度、上りで1.5~2倍程度の通信容量を持つという報告もあります。

| 周波数間の連携


 モバイルネットワークにおいては4Gまでは700~900MHzのプラチナバンド、および1.5/1.7/2/2.5/3.5GHz帯などの周波数が利用されてきました。そして、5Gで3.7/4.5GHz帯と28GHz帯などが追加されています。

 このように多様な周波数を補完的に利用しながらユーザーに高品質のモバイル通信サービスを提供しています。全体として、低い周波数でカバレッジを拡げながら、より高い周波数で通信速度を高めるという見方ができます。

 実際、4Gでは各事業者に10/20/40MHz単位でモバイル通信の周波数が割り当てられてきましたが、5Gのサブ6は100MHz単位、28GHz帯は400MHz単位で割り当てられており、一般に周波数が高いほど広い帯域を利用できます。

 通信速度はおおむね利用する周波数帯域の幅に比例して大きくできるので、より広い帯域幅が使える高い周波数が通信速度の押上げに寄与します。

 5Gでも、異なる周波数を補完的に利用することが有効です。3.7/4.5GHz帯のサブ6だけで面的に連続したカバレッジを早い段階で実現することは難しいため、5Gのカバレッジを確保するために従来の4G周波数の一部を補完的に利用することがひとつの手段になります。従来の4G周波数を5Gとして転用できればサブ6のカバレッジが無いところも5Gが連続的に利用でき、スマホにも「5G」と連続的に表示されます。

 たとえばKDDIは「デュアル5G」と呼んで、「4G転用周波数5G」で5Gの面的な広いカバレッジを作った上にサブ6の5Gカバレッジを被せる方策を採っています。基地局からの距離が離れるなど、サブ6の電波が弱くなったところ(フリンジ)ではサブ6の無線は開放して4G転用周波数5G(以下、転用5G)のみを利用するようにすることで、ユーザーは連続して5Gを利用できるとしています。

 一方でサブ6基地局のフリンジで転用5Gのカバレッジがない場合に、5G接続を維持するためにサブ6の無線接続を引き続き利用しようとすると、ユーザーが満足する品質が提供できなくなる可能性があります。この問題は、できるだけ5G接続を維持する方策を採る場合に生じます。この場合、5Gを優先せずサブ6の無線は早めに開放して4Gを利用するのが得策かも知れませんが、スマホには「4G」と表示されます。

| サブ6基地局のカバレッジ拡大


 さて、異なる周波数を束ねて一つのパイプとして利用することをキャリアアグリゲーション(CA: Carrier Aggregation、キャリアというのは『搬送波』のこと。情報を運ぶ入れものという意味)と言います。基地局とスマホの間で複数の周波数が利用可能なときに、CAにより無線帯域を束ねて効率良く利用します。

 実は、このCAには優れた効用があります。

 図4に示すように、サブ6と転用5Gの基地局が同じサイトにあると想定した場合、各周波数を個別に利用した場合のカバレッジは実線で示した通りです。一方で、両周波数をCAで束ねた場合には、サブ6のカバレッジが点線で示したように拡大する可能性があります。

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 これは、転用5Gを主キャリア、サブ6を副キャリアとしてCAで束ねた場合、サブ6副キャリアにおけるスマホから基地局向けの「キャリア内制御信号」を転用5Gの主キャリアを用いて送ることができるからです。制御信号というのは、たとえばデータを送ったときに問題無く受信できたかどうかを受け側から送り側に知らせる信号です。この制御信号が正しく受け取られないと、通信が成立しません。

 サブ6を単独で使う場合には、データも制御信号もそのサブ6キャリアを使って送ります。一方、CAではサブ6でデータを送り、それに関わる制御信号を転用5Gで送ることが可能です。転用5Gのほうが一般に電波品質が良い状態で受け側に届くので、より高い確率で正しく受け取られます。データは受け側に届けられたけれど、受信確認を送り側に伝えらないので結局データ送信が失敗するということがなくなるわけです。

 基地局はスマホよりも大きな出力で電波を発信することが可能です。なので、サブ6を単独で使っている場合には、基地局から少し離れた場所では基地局から送られたデータはスマホで正しく受け取られていても、スマホからの正しく受け取られたという確認の制御信号が基地局には正しく届かないことがあり得ます。

 図4のサブ6カバレッジの実線と点線の間のエリアでそのような現象が起こります。CAを用いた場合には、スマホから転用5Gを使って確認の制御信号を送ればそれが基地局に正しく届く確率が高まります。従って、CAによりそのようなエリアまでサブ6のサービスエリアとして使えるようになります。このようにCAはサブ6の実質的なカバレッジを拡大させる効果があります。

| 基地局間の連携


 CAなど周波数間の連携を実現するためには、異なる周波数の基地局同士の連携が必要となります。

 基地局間連携のためには異なる基地局のBBU間で信号をやりとりする必要があるのですが、その手順が必ずしも基地局ベンダー間で統一されていません。つまり、同じベンダーの基地局同士であれば連携できても、異なるベンダー同士では連携できない可能性があります。

 業界団体であるO-RAN Allianceなどでは、特に5Gにおけるこのようなマルチベンダーの相互接続性を担保するための標準化を進めていますが、未だ道半ばであり実用化のレベルには達していないのが現状です。

 なので、基地局の調達先ベンダーを代える場合など、基地局間連携の観点も含めて十分に長期的なネットワーク展開方策を考えておく必要があります。

| 5Gスタンドアローンへの進化


 5Gの面的で連続的なカバレッジは、5Gスタンドアローン(SA: Standalone)への進化においても非常に重要です。

 現在、日本で商用提供されている5Gは、4G基地局の存在を前提に5Gを実現する非スタンドアローン(NSA:Non-Standalone)構成が主となっています。図5(1)に示すように、NSA構成では4G基地局群の中に5Gの基地局が追加実装される形になっています。

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 一方で、図5(2)に示すようにSA構成は4G基地局の存在を前提とせず、5G基地局のみから構成されます。

 SA構成はネットワーク全体が単純化されると同時に無線接続を効率良く利用するように設計されているため、通信の遅延(基地局とスマホの間でデータの送受に掛かる時間)を短くしたり、通信速度を大きくしたりするなど全体の通信性能を向上できます。

 また、SA構成はアプリケーションに応じて必要なネットワーク機能を切り出して利用するネットワークスライシングの導入により、さまざまな産業界での利用が期待されます。

 サービス品質保証などの高度な機能も提供できることから、5Gの利用がスマホだけではなく装置や車両、機械などの多様なデバイスに広がり新たな需要を生み出すことになります。

 世界的に初期の5Gはその導入のしやすさからNSA構成となっていますが、上記のようなメリットがあるので、5Gのカバレッジが広がってくるとSA構成を導入する方向です。

 日本でも、各モバイル通信事業者が一部の地域や特定の用途にSA構成を導入しており、徐々に対象エリアやユースケースを拡大しています。SA構成の広がりにより、いよいよ本格的な5Gの時代が訪れることが期待されます。

 SA構成を前提として、広域で、あるいは移動しながら利用するサービスについては、面的に連続してシームレスに提供されることが望まれます。

 そのためには、5Gの広域でのカバレッジを確保する必要があります。なので、SAへの更なる進化に向けて、サブ6だけでシームレスなカバレッジが担保できない場合には転用5Gも利用して面的なカバレッジを担保することが期待されるわけです。

| おわりに



 スタンドアローン(SA)構成を含め5Gが本格化するに従い、モバイル通信事業者間での5Gの競争が、より本格化すると考えられます。

 この競争では、5G基地局の数量や性能、密な基地局間連携が大きな役割を果たします。

 5Gはサービス開始から4年半を経過して、期待よりは遅かったかもしれませんがいよいよ本格的な需要期になると想定されます。基地局の拡充を含めて、ネットワークの進化に期待したいと思います。

 一方、最近「エッジAI」として、データセンターだけではなく、さまざまな場所にAIのサーバーを設けて、いろんな用途にAIを使っていこうという機運が盛り上がっています。

 たとえば、全国に配備されている基地局の余っている処理能力をAI処理に使うことができれば、増大するローカルなAI処理需要を取り込むことができる可能性があります。このような観点から、今後基地局の役割が大きく変わっていく可能性もあります。

| 藤岡 雅宣


1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士

 

 

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2024年10月3日掲載

 

藤岡雅宣の モバイル技術百景

 

バックナンバー

藤岡雅宣さんがインプレス社のサイト”ケータイWatch”に掲載された連載記事を紹介しています。

 

 

 2024年9月

藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

 

地震や津波などのスマートフォンへの緊急速報の仕組み

藤岡 雅宣 2024年9月30日 00:01


 地震や津波、ミサイル発射など、緊急事態を知らせるときに気象庁や内閣府からモバイルネットワークを介してスマホなどに緊急速報が送られます。南海トラフ地震が近い将来発生するという予測もあり、また9月は防災月間ということで、今回はスマホへの緊急速報がどのように送られるのか見てみましょう。

| 緊急速報とは


図1に緊急速報を含む警報の流れを示します。緊急速報というのは地震、津波などの自然災害や、北朝鮮からの弾道ミサイル発射などの非常事態に関する重要な情報を、影響の予想される地域に迅速に通知することです。
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  モバイルネットワークを経由する緊急速報では、対象となる地域に在圏するスマホに警告音と共に非常事態の具体的内容を示すメッセージが表示されます。特に緊急を要する情報については、スマホだけではなく市町村防災行政無線等も通して拡声器から音声で伝えたり、TVやラジオを通して伝達します。

 地震の緊急速報では、速報を受けてから実際の揺れが到達する前に数秒から数十秒の猶予が期待されます。

 また、津波の緊急速報では実際の津波が接近する前に避難する時間があることが要求されます。このように緊急性が高い情報のため、これらの緊急速報はスマホに即座に知らせることに重点が置かれています。

 一方で、弾道ミサイル発射情報、噴火警報、大雨特別警報などは、全国瞬時警報システム(Jアラート)の一部としてスマホに緊急速報が送られます。その速報の送り方は地震や津波とは少しだけ異なります。何れにしても、スマホへの緊急速報は国際標準に基づく仕組みにより提供されます。

 

| セル・ブロードキャストによる緊急速報の仕組み


 緊急速報は、モバイルネットワークのセル・ブロードキャスト(CBS: Cell Broadcast Service)という機能を利用します。モバイルネットワークにおいてスマホと無線のやりとりをする基地局は、「セル」と呼ばれるエリア単位で無線接続を提供していますが、CBSはこのセルのなかに在圏する全てのスマホに一斉に情報を伝達する仕組みです。各基地局は1つないし数個のセルをカバーしています。

 図2は、4G及び5GにおけるCBS配信の仕組みを示します。まず、気象庁や消防庁からの緊急メッセージはCBC(Cell Broadcast Center)という装置で受信されます。

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 その後、4Gでは基地局とインターネットなどの間の接続を司るコアネットワーク内で、多数の基地局を束ねスマホとの接続を管理するMME(Mobility Management Entity)を通してCBSメッセージ送信の対象となるセルをカバーする複数の基地局に一斉に送られ、基地局からスマホに報知されます。

 図2には、未だ全国には広がっていませんが今後広く展開する5Gの本格版であるスタンドアローン構成でのCBS配信の仕組みも示します。ここでは、4GのMMEに代わってAMF(Access and Mobility Management Function)と呼ばれる機能がCBSメッセージの対象セルへの配信を行います。


 4Gや5GではCBSはネットワークからアプリのデータをスマホに送るのと同じ共有チャネルを利用しますが、優先的に送るようになっているため、混雑していても遅延が生じにくいようになっています。

 複数回送信する仕組みもあり、確実にスマホで受かるように設計されています。特に5Gネットワークでは、優先度の管理がより柔軟であるため、緊急時でも迅速な情報配信が可能です。

 さて、通常のデータ通信もセル内のスマホで共用する共有チャネルを使って送りますが、基地局はスマホの存在を認識した上で、個々のスマホと基地局の間でハンドシェークして異なるタイミングでそれぞれのスマホにデータを送ります。各スマホはデータが正確に受信できたかどうかを基地局に知らせ、受信できない場合は再送を要求します。

 一方で、CBSは同じメッセージをセル内の全てのスマホが同時に受信できるようになっています。CBSは片方向送信であるため、個々のスマホからデータが受信できたかどうかの確認は行いません。また、基地局が個々のスマホの存在を認識していなくても、電波が受かる状況であればスマホではCBSメッセージを受信できます。

| ETWS


 セル・ブロードキャスト(CBS)による緊急速報の中で、特に地震や津波に関する警報についてはETWS(Earthquake and Tsunami Warning System)として規定されています。ETWSというのは、極めて緊急性の高い地震や津波に特化して設計された規定で、影響がありそうな地域に迅速に警報を送ることを目的としています。

 実は、ETWSは日本の提案に基づいて標準化されました。その元となったのは、日本で2007年10月に運用が始まった緊急地震速報(EEW: Earthquake Early Warning)です。

 日本は世界に先駆けて、エリアメール(ドコモ)や緊急速報メール(au、ソフトバンク)を通じて、一般ユーザーに迅速な地震速報を提供する仕組みを導入し、大きな揺れが来る前に避難や安全確保のための行動を取ることが可能になりました。

 日本で実際に緊急地震速報の運用が始まる前から、NTTドコモはこれをベースとした仕組みをモバイル通信の国際標準仕様を策定している3GPP(3rd Generation Partnership Project)に提案していました。そして、2009年には3GPPでETWSとして策定されました。

 3GPPの仕様においては、ETWSはCBSに関する規定の一部として標準化されています。ETWSはCBSの拡張仕様であり、CBSを置き換えるものではなくこれを利用する仕組みです。

 ETWSには、初期警報(Primary Notification)と詳細警報(Secondary Notification)という2段階の通知があり、最初に短く即座に警告を出し、その後により詳細な情報を送ることができます。これにより、素早く対処することが可能になります。なお、ケースバイケースで詳細警報は送られないことがあります。

 

| 緊急地震速報


 図3に緊急地震速報の概念を示します。日本では全国に設置された地震計が、地震波を検知します。地震には、揺れが小さいP波(初期微動)と、揺れが大きいS波(主要動)があります。

 P波が最初に到達し、S波が後から到達するため、P波を検知してすぐに緊急メッセージを生成してなるだけ早く初期警報を被災エリアにあるスマホに送り、これを受けた人々にS波到達への備えを促します。

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 全国モバイル通信事業者(NTTドコモ、KDDI/au、ソフトバンク、楽天モバイル)は、気象庁から配信される一般向け緊急地震速報(EEW)を受けると、最大震度5弱以上または長周期地震動(高層ビルなどに大きな影響を与える揺れ)階級3以上の地震が予想される際に、震度4以上または長周期地震動階級3以上の揺れが予想される地域に対してETWSの初期警報を一斉配信します。

 緊急地震速報は、全国を約200の地域に分割(例えば東京都の場合は、23区、多摩東部、多摩西部、伊豆五島の各島、小笠原の9地域)して対象となる地域をカバーする全セルからETWSによりスマホに配信されます。

 地震の震源地や震度などの発生状況や避難指示などの情報が、ETWSの詳細警報として初期警報のあとで送られることがあります。

 

| 津波警報


 ETWSによる津波の緊急速報は、気象庁により大津波警報(3メートル以上の津波が予想される場合)や津波警報(1~3メートル)が発表された場合に配信され、住民などに迅速な避難を促します。津波注意報(0.2~1メートル)が発表された場合には、通常はスマホには配信されず主にTVやラジオ、インターネットで情報が提供されます。

 津波の原因が日本での地震の場合は、地震が発生してから2~3分でETWSの初期警報が送られますが、これは即座に避難を呼びかける主旨の非常に短い内容です。初期警報に続いて詳細警報が送られる場合は、地震の震源や津波の規模、影響を受ける可能性のある地域などより具体的な情報が提供されます。

 津波の緊急速報の対象は、津波の影響が予想される沿岸地域の住民や施設です。この配信は気象庁が発表する津波予報区に基づいて行われ、ETWSにより該当地域に相当する全てのセルに一斉に配信されます。日本では全国沿岸地域を65の津波予報区に区分しています。例えば、北海道の沿岸はオホーツク海沿岸、太平洋沿岸東部、同中部、同西部、日本海沿岸南部、同北部の6つに区分しています。

 

| Jアラート


 Jアラートは内閣府が主管となって発信しますが、気象庁由来の地震や津波の緊急速報も含まれます。全国モバイル通信事業者は地震や津波の緊急速報は上記のとおりETWSにより配信する一方、それら以外の弾道ミサイル発射情報、噴火警報、大雨特別警報などは通常のセル・ブロードキャスト(CBS)を利用してスマホに配信します。

 ETWSは即座の避難行動を必要とする地震や津波に特化し、非常に迅速かつ特に優先的にメッセージが配信されます。一方で、通常のCBSは避難指示、災害情報、地域の重要な通知、公共の安全に関する情報など多岐にわたりますが、ETWSほどの高い即時性や緊急度は求められません。

 地方自治体が、大雨や台風の際に洪水や土砂災害のリスクが高まった地域に対して避難を促す避難勧告・指示や、地震や火山噴火、大規模な火災などで住民に対して特定の行動を取るよう呼びかける災害情報もCBSにより自治体内のスマホに配信することもあります。これらの緊急速報は、Jアラートの仕組みに便乗してモバイル通信事業者に送られます。

 なお、主に地方自治体や公共機関が災害情報や避難指示などの地域情報を迅速に伝達するためのシステムとしてLアラートがありますが、これはスマホには送られません。

 Lアラートは公共情報コモンズという全国からの情報を収集して、標準フォーマットに変換して配信するプラットフォームからテレビ、ラジオ、インターネット、デジタルサイネージ、スマホアプリなどのさまざまなメディアを通じて住民に伝達されます。

| 緊急速報の誤配信


 スマホで、自分に関係しないと思われる緊急速報が受信されたということをよく聞きます。実際、緊急速報は広範囲に一斉送信される仕組みを採っているために、誤配信が起こる可能性があります。

 セル・ブロードキャスト(CBS)はセル内に在圏する全てのスマホで受信されますが、本来想定されるセルの範囲を超えて離れたところにあるスマホで電波が受かることがあります。緊急速報の対象配信エリアの境界近くにあるスマホでその可能性が高まります。特に、ルーラルエリアで一つの基地局が広いエリアをカバーする場合に誤配信が生じやすくなります。

 緊急速報は少しでも影響がある可能性のある地域に配信するので、実際には影響がない場所でこれを受けた人は誤配信と感じることがあります。また、配信エリアの設定ミスで、意図しない地域に誤配信されることもあるようです。その他、システムの誤動作や緊急速報のテスト配信を誤って本配信として送ってしまう場合にも誤配信が生じます。

| ローミング時の緊急速報


 ETWSやそのベースとなるセル・ブロードキャスト(CBS)は国際標準仕様として規定されています。なので、市場に出ているスマホは原則としてこれらに基づく緊急速報を受けることができます。

 海外から日本にローミングしている旅行者のスマホにも、表示は日本語になりますが鳴動で注意を促すことができます。また、日本から海外にローミングしたときも現地の緊急速報を受けることができます。

 日本では非常時における事業者間ローミングの導入に向けた検討が進められていますが、ローミング時に一部の事業者間でETWSがうまく配信できない可能性が指摘されています。今後の継続検討が期待されます。

| おわりに



 今回は、モバイルネットワークからスマホへの配信という観点から緊急速報についてまとめました。緊急速報には様々な種類がありその配信の仕方も多様ですが、スマホへの配信については日本の貢献もあり国際間で統一されているのは重要な点です。

 スマホへの警報という意味では、Yahoo!防災速報、NHKニュース・防災アプリ、日本気象協会が提供する防災速報アプリなどのアプリも提供されており、本記事で述べた緊急速報と補完的に利用されています。

 さらに、テレビ、ラジオ、インターネット、デジタルサイネージなども含めて様々な手段で緊急時の情報が配信されることで防災、減災に役立つことが期待されます。

 

| 藤岡 雅宣


1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士

 

 

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2024年9月3日掲載

 

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 2024年8月

藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

 

パリオリンピックでは5Gがどのように使われたか

- TVカメラ映像を5Gプライベートネットワークでアップロード -

藤岡 雅宣 2024年8月30日 00:01


 2021年の東京オリンピックでも一部の競技で5Gが利用されましたが、7月から8月にかけて開催されたパリオリンピックでは、5Gがより本格的に活用されました。特に、多数の放送用カメラからの映像伝送などに利用するために5Gプライベートネットワークが構築されました。

 また、競技場と周辺には内外から観戦に訪れる多数の観客のモバイル通信のために十分な容量を確保するための措置が取られました。ここでは、パリオリンピックで5Gがどのように利用されたのか見ていきましょう。

 

| オリンピックでの通信


  オリンピックでは何千、何万の観客がスマホを持ってスタジアムやアリーナに観戦に訪れます。この観客のメールやSNSなどの日常的な通信をサポートする必要があります。また、観戦中の映像のアップロードなどのトラフィック負荷にも対応する必要があります。パリオリンピックでは入場チケット配信などの専用アプリも活用されたので、それらのためにもモバイル通信は重要な役割を果たしました。

 組織委員会や選手団、審判団、役員、医療・警備チーム、ボランティアらが、競技の進行や運用などのための様々な通信を行う必要があります。世界から来ているメディアの人たちの通信もあります。また、放送事業者が競技の映像を伝送、配信に利用するための通信もあります。

 パリオリンピックでは、フランスの最大手通信事業者であるOrange(旧フランス・テレコム)がParis 2024の国内Premium Partnerとしてオリンピック及びパラリンピックに関わる通信サービスを一手に提供しました。これにはモバイル通信だけではなく、固定通信やWi-Fiも含まれます。

 

| 5Gプライベートネットワーク 


  Orangeはオリンピックとパラリンピックの期間、TVカメラで撮影した映像をカメラから無線で送るために、通常の公衆ネットワークとは独立したプライベートネットワークを構築しました。映像伝送専用のプライベートネットワークにより十分な帯域が確保されると同時に、5Gスタンドアロン構成として低遅延での効率良い伝送を可能としました。

 プライベートネットワークというのは、企業や施設で利用するために確保された無線周波数を使用する免許を獲得した上で、特定の場所やエリアにローカルに構築するネットワークです。日本でも「ローカル5G」や「プライベートLTE」と呼ばれている特定の周波数を利用するネットワークに相当します。

 Orangeは、フランスでプライベートネットワーク用に確保された周波数を利用してネットワークを構築しました。

 具体的には、ボートを利用した開会式の航路である約6kmのセーヌ川沿い、陸上競技や閉会式が行われたStade de France、体操やバスケットボールが行われたArena Bercy、水泳や水球が行われたLa Défense Arena及びヨット競技が行われたマルセイユMarinaがサービスエリアとなりました。

 プライベートネットワークは十分な無線帯域を確保しており、現場の映像伝送専用に利用されるため、高解像映像を安定して送ることが可能です。特に、無線帯域の約80%を上り(デバイスから基地局の方向)に利用するように設定したので映像アップロードに有効でした。

 日本の公衆網でもそうですが、一般的に5G用の周波数では約1/3程度を上りに割り当てているので、上りにこのような大きな帯域を割り当てるのはプライベートネットワークならでは可能となった点です。これ以外に、5Gスタンドアロンの特徴から超低遅延でリアルタイムでの伝送が可能、独立したネットワークのためにセキュリティ性が高いなどもプライベートネットワークの利点です。

 なお、プライベートネットワーク用の基地局やネットワーク機器は、Orangeが公衆網で利用しているインフラベンダーではなく、パリオリンピックのOfficial PartnerであるCiscoが提供しました。

 

| 船上の映像をスマホ経由で送信


 開会式では85台のボートが各国選手団を乗せて図1のようにセーヌ川を約6km下りましたが、各ボートにはこちらはワールドワイドのオリンピックPremium Partnerであるサムスン電子が提供したスマホ、ギャラクシーS24ウルトラが据え付けられていました。このスマホが選手たちの生き生きした姿をとらえ、5Gプライベートネットワークを経由してスタジオに送られ世界に配信されるテレビ映像に利用されました。

出典:Paris 2024:Map of the opening celemony (lemonade.fr)

 選手団を乗せたボート上でカメラとして利用するスマホが約200台準備されたのに加えて、川沿いに可搬型のTVカメラや撮影用ボート上にカメラが配備され、合計約500台のカメラが5Gプライベートネットワークを利用しました。セーヌ川沿いには、このために12個の専用5G基地局が設置され映像配信に利用されました。図2にセーヌ川沿いに設置された基地局の写真を示します。

 マルセイユ沖で行われたヨット競技でも、競技用ヨットにギャラクシーS24ウルトラが据え付けられ、撮影映像は海の上に停泊させた基地局搭載ボートを通じてリアルタイムでストリーミング伝送されました。これにより、視聴者は選手たちと一緒に実際の競技に参加したかのようにリアルで躍動感あふれる光景を楽しむことができました。

 

| 競技中継のTVカメラ映像伝送


 今回のオリンピックでは可搬型のTVカメラは基本ワイヤレスで、カメラで捉えた4Kなどの映像は5Gや4Gの無線を通してモバイルネットワークから後述のIBCスタジオに送られました。これによりカメラの移動や持ち運びが容易となり、より的確な距離や角度から映像を捉えることが可能となりました。

 5Gプライベートネットワークがサポートしていないスタジアムやアリーナでも、公衆モバイルネットワークを用いてTVカメラの映像が伝送されました。

 サッカー、ラグビーや自転車BMXなどのアーバンスポーツが行われるスタジアムやバレーボールが行われるアリーナでは、空中懸架ケーブルカメラ(Spider Camera)が4つの方向からケーブルで吊り下げられ、競技の進展に合わせてまさにクモのように移動して遠隔操作で的確な映像を捉えるようにカメラの位置・角度が調整されました。これも、ワイヤレスのおかげで機動性が高まったようです。

 

| Push-to-talk


 オリンピックのTV中継については、国際オリンピック委員会(IOC)が設立したオリンピック放送機構(OBS:Olympic Broadcasting Services)が一手に公式放送を担当しています。OBSは、オリンピック競技の映像や音声を全世界に提供する役割を果たしており、各国の放送局に対してオリンピック競技の放送素材を配信します。

 パリオリンピックではOBSがパリ郊外のLe Bourget(ル・ブルジェ)にあるコンベンションセンター内に、世界各国のテレビ、ラジオ、デジタルサービスなど放送機関のオペレーションの拠点となる国際放送センター(IBC: International Broadcast Centre)を設立しました。Orangeは、このセンターや各競技場に配備されたIBCスタッフ用に4Gネットワーク上でPush-to-talk通信機能を提供しました。

 Push-to-talkというのは、スマホのアプリとしてトランシーバーのようにボタンを押しながらグループ内のメンバーに音声メッセージやスマホのカメラ映像をリアルタイムで送信するサービスです。これにより、放送従事者間での密な連絡や、現場の状況を伝える生の映像を送ることができます。

 なお、このPush-to-talkアプリは、オリンピック委員会、選手チーム、ボランティア、医療サポートや警備チームにも利用され、有用な通信手段として利用されました。このアプリは、4G ネットワーク上で優先アクセスの仕組みを用いて高信頼の通信を提供しました。

 

| オリンピック観客の通信サポート


 パリオリンピックの競技場では、観客が利用するWi-Fiは準備されませんでした。代わりに、Orange及び他モバイル通信事業者は競技場や周辺の4G及び5Gのモバイルネットワークの容量を拡大して大量のトラフィックを吸収する方策を採りました。一つの基地局で広いカバレッジを取れるセルラー通信のほうが効率が良いと判断したようです。

 Orangeは約50の可搬型基地局も臨時に設置し、モバイル通信の容量拡大に努めました。これらも含めて、臨時で容量を確保する対策を採った基地局サイトも多いですが、この機会に容量拡大をして競技期間が終わってからもこれらを維持するサイトもあります。実際、観客はスマホで4Gや5Gを利用したわけですが、通信接続に関わる大きな問題は報告されていません。

 今回のオリンピックはペーパーレスを基本とし、スマホアプリで入場チケットに相当するQRコードが試合の前に観客に配信されました。そのため、最低限スマホの通信接続が必要でしたが、こちらについても大きな混乱は生じず、スムースに入場処理が行われました。スマホには、毎日の試合の予定を周知するアプリや自分のいる場所から競技場への行き方を検索するアプリも提供されました。
オリンピック選手用スマホ

 パリオリンピックでは、サムスン電子が7月に発売した新型スマホであるGalaxy Z Flip 6の限定モデルを約1万7000名の出場選手に供与しました。縦に折りたためるスマホで、本体背面にはオリンピック・パラリンピックのロゴが施されていました。また、競技スケジュール情報やメダルランキングなどを提供する公式アプリなどがプリインストールされていたようです。

 このスマホを用いて入場パレードのボート上や、メダル授与後に受賞台で自撮りを行う選手もみられたほか、スマホに搭載された多言語間翻訳機能を利用した選手間のコミュニケーションなどにも利用されたということです。

 Orangeは、オリンピック選手に対して欧州域内での100GBのデータ通信と無制限の通話やSMS、他地域への2時間の通話や1000通のSMSを無償で提供しました。

 

| おわりに


 筆者は現地パリの主な競技場で様々な競技を観戦しましたが、OrangeのeSIMを利用したこともありスマホの通信は常に安定しているという印象を持ちました。チケット配信アプリ、その他のオリンピック専用アプリも問題なく利用できました。

 特に印象的だったのは、サッカーの試合などで空中のTVカメラが高速に移動して被写体を的確に捉える巧みな操作が行われていたことです。可搬型TVカメラを持ったカメラマンが素早く動いて撮影する姿も印象的でした。

 5Gの利用という意味では、フランス国内の聖火リレーもTVカメラから5Gで映像がアップロードされました。また、5G仕様の一部として5G Broadcastという放送機能がありますが、フランスの放送事業者であるTDF(TéléDiffusion de France)は5G Broadcastトライアル放送の一環としてパリを含む一部の都市でオリンピックのライブ中継を放映したということです。

 なお、パリオリンピックでは5Gや4Gが主に利用されましたが、Wi-Fiが使われなかったという訳ではありません。Wi-Fiはメディアパートナー、組織委員会、技術スタッフのための運営サポート用に準備されました。また、ATM(現金自動預払機)、チケット読取りなどで利用されたということです。

 

| 藤岡 雅宣


1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士

 

 

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2024年7月31日掲載

 

藤岡雅宣の モバイル技術百景

 

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 2024年7月

藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

 

成層圏のHAPSを利用したモバイル通信

藤岡 雅宣 2024年7月31日 00:01


 地上20km辺りの成層圏に滞在する無人飛行体にスマホなどモバイル端末が直接アクセスして、通信サービスを利用するHAPS(High Altitude Platform Station)の実用化に向けた準備が進んでいます。実は、このHAPSを用いた通信サービスの検討や技術開発は日本が世界をリードしています。そこで、今回はHAPSを利用したモバイル通信はどのように実現するのか、どういう技術課題があるのか見ていきましょう。

 

| HAPSとは


  地上により近い対流圏とは異なり、成層圏は強風や乱気流があまり発生しないため、一年を通して比較的穏やかで飛行体にとって安定した良い環境です。また、空気の密度が低く空気抵抗が少ないので、エネルギー効率の良い飛行が可能になります。雲や大気汚染の影響が少なく、昼間は太陽光を遮るものがないので飛行体のエネルギー源となる太陽光発電にとっても良い環境です。とは言え、様々な課題もあります。

 成層圏に飛行体を飛ばし通信や地表観測に利用する研究は1990年代から始まりました。気球やドローンを成層圏で飛ばす研究を進めました。日本でも、公的研究機関である情報通信研究機構(NICT)が「成層圏無線プラットフォーム」プロジェクトでソーラープレーンによる3G通信の実証実験などを行いました。

 しかし、安定飛行の技術が未成熟、宇宙線を遮るものがなく飛行体の素材が大きな影響を受けるなど様々な問題に直面しました。開発や運用コストも大きくなること、低軌道衛星による代替技術の台頭、航空規制の問題などもあり、多くのプロジェクトは立ち消えとなりました。

 そうした中で、ソフトバンクやSpace Compassは山間部、海上など広範囲に高速通信サービスを提供できる、自然災害などで地上インフラが損傷を受けた場合に被災地に迅速に通信サービスを提供できる、新興市場でのインターネット接続提供などのビジネスチャンスが広がるなど大きなメリットが見込めるため、HAPSを利用した通信サービスの検討を進めています。

 また近年、成層圏に適した無人飛行体の設計における技術的な進展があり、HAPSの実用化を後押ししています。飛行体のエネルギー源となる太陽光による高効率発電技術、太陽光がない夜間の飛行のために昼間得られる電気を蓄えるバッテリー技術も進歩しています。これらにより、飛行体を成層圏の定位置で数ヶ月滞在させる目処が立ちつつあります。

 

モバイル通信サービス提供のしくみ  


 まずは地上系のモバイル通信の仕組みを見てみましょう。地上の基地局にスマホから無線でアクセスする通常のモバイル通信では、図1のようにビルの屋上や鉄塔にあるアンテナとスマホが電波を利用してやりとりします。スマホのユーザーから見ると、アンテナの向こう側に基地局の本体があります。アンテナと基地局本体の間は無線信号を送るためにフィーダと呼ばれる同軸ケーブルなどで接続されています。

 基地局の向こうは、バックホール回線を通してコアネットワークがつながっています。コアネットワークには、インターネット上でアプリを処理するサーバーや通話サービスの処理装置とスマホとの接続処理を制御する装置群があります。コアネットワークのさらに向こうにインターネットがあります。

 

| HAPSによるモバイル通信サービス


 一方、HAPSを用いた通信サービスでは地上のスマホなどのデバイスから、直接無線でHAPSにアクセスします。HAPSは上空約20kmの高度ですが、地上でも海岸から海上の船にアクセスする場合や広大な平原などで数十kmの距離をカバーしている基地局があり、HAPSは地上系の延長線上で捉えることができます。

 HAPSには地上の基地局同様、無線アンテナが搭載されておりこのアンテナを通して無線信号のやりとりを行います。スマホとHAPSアンテナの間の無線通信路はサービスリンクと呼ばれますが、地上系のモバイル通信のスマホと基地局アンテナの間の無線アクセスリンクに相当します。

 HAPSにはもう一つフィーダリンクと呼ばれるHAPSとモバイルネットワークをつなぐ無線通信路があります。サービスリンクとフィーダリンクは異なる無線技術を利用します。フィーダリンクは、HAPSと地上で無線信号を送受信する地上局の間を接続します。この地上局は、HAPSからフィーダリンクの電波が届く位置にあることが求められます。

 さて、HAPSによるモバイル通信では、図2(1)のようにHAPSに基地局本体が搭載される構成と、図2(2)のように基地局本体は搭載されない構成の両方が検討されています。図2(1)の構成では、フィーダリンクは基地局とコアネットワークの間のバックホールに相当する信号やデータを送ります。この場合、HAPSに無線信号処理のための装置が搭載され、処理用の電力も必要になります。

  一方で図2(2)の構成では、フィーダリンクはサービスリンク上の信号やデータをそのまま地上にある基地局本体との間で中継します。HAPSでは無線信号処理は行わず、単に弱くなった信号を増幅(再生して強く)し、別の周波数上に乗せ換えます。この構成は信号を再送信するだけであるためベントパイプ(透過中継型)方式と呼ばれ、図2(1)の基地局搭載方式に比べてHAPSの重量や消費電力をより少なくできます。

 HAPSのサービスリンクでは、国際的に2.6GHz帯以下の地上のモバイル通信で利用している周波数の一部あるいは全てを使うことが合意されています。実際には各国でHAPSが利用できる周波数を制度化する必要はありますが、制度化ができればスマホから地上の基地局にアクセスするのと同じようにHAPSにアクセスできるようになります。

 つまり、HAPSはモバイル通信ネットワークの一部と見なすことができ、ユーザーは普段使っているスマホで4Gや5Gのサービスを利用できるということになります。これは、災害時や地上系ネットワークの障害時などにモバイル通信を継続的に提供できるという意味で非常に重要です。

 

| HAPSによる地上カバレッジ


 スマホから見ると、HAPSは地上の基地局と同じ位置づけとなります。ただ、HAPSは図3のように地上の半径50~100kmという広いエリアをカバーします。このサービスエリアは、電波が十分な強度で到達できるという条件もありますが、例えば4Gの基地局とスマホの距離が約100km以下というような仕様上の条件もあり、その両者から決まります。

 基地局搭載方式のHAPSでは、HAPSからの距離が基地局とスマホの距離となります。一方で、ベントパイプ方式ではこれに加えてフィーダリンクの距離が基地局とスマホの距離となります。なので、4Gを利用する場合などにはHAPSのサービスエリアが制約を受けることとなります。

 何れにしてもHAPSとスマホの距離は数十kmとなり、電波の減衰が大きくなります。そのため、HAPSは電力を集中したビーム状の電波を用いて地上に向けて照射して長距離伝送を実現します。このようなビームを多数同時並行的に利用することで、同じ周波数の電波を繰り返し活用できるということにもなります。

 基地局のアンテナでスマホの通信をサポートする地理的エリアをセルと呼びますが、一つの電波ビームが実質一つのセルに相当することとなり、一つのHAPSで多数のセルを同時にサポートするイメージとなります。

 HAPSは実際には静止しているわけではなく、狭い範囲で旋回運動しています。一方で個々の電波ビームは地上の同じエリアを照射することにより、スマホに安定した通信サービスを提供する必要があります。そのため、時々刻々と変化するアンテナの向きに適用してHAPSからのビームの向きを電気的に調整する機能を備える必要があります。

 

| HAPSと地上系ネットワークとの連携


 スマホでモバイルネットワークを利用して通信を行っているとき、ユーザーが移動して今の接続先の基地局アンテナのカバー範囲の外にでると、別の基地局アンテナに接続されます。このように基地局アンテナが切り替わることをハンドオーバ(またはハンドオフ)と呼びます。ハンドオーバは通常途切れなく行われるので、ユーザーが意識することはありません。

 ユーザーの観点からは、HAPSにつながっているかどうかは意識せず、いつの間にか使っていたというようになるのが望ましいと考えられます。そのためにはHAPSと地上系の基地局との間で、地上系基地局どうしと同じようなハンドオーバができることが望まれます。地上系で利用しているモバイル通信用の無線周波数の多くをHAPSでも使うようになる予定なので、これは自然な流れです。

 実際、HAPSを収容する基地局が地上系の基地局と同じコアネットワークにつながっていれば、基地局間は円滑にハンドオーバしユーザーの通信は途切れることはありません。これは、ベントバイプ方式のHAPSであれば、地上に基地局本体があるので自然に実現されます。一方の基地局搭載型のHAPSであっても、コアネットワーク側での適切な制御により途切れないハンドオーバが実現可能です。

 

| 地上局との接続


 HAPSによるモバイル通信を実現するためには、サービスリンクだけではなくフィーダリンクが必要です。つまり、HAPSからのフィーダリンクが届くエリアに地球局が存在する必要があります。ところが、海上の船舶からの通信のために使われるHAPSなどではフィーダリンクが届く範囲に地上局が設置できないことも考えられます。

 このような場合を考慮して、HAPSから別のルートで地球局に接続することも検討されています。具体的には、HAPS間の空中ネットワークを形成して別のHAPSから地球局に接続する、あるいはHAPSから静止衛星やスターリンクのような低軌道衛星への通信リンクを形成し、衛星を経由して地球局に接続する構成です。

 このような迂回ルートは、本来のフィーダリンクが天候不良その他の理由で利用できない場合のバックアップとして、あるいはそもそもコスト的に地上局自体の設置数を少なくする必要がある場合などにも有効です。ただ、ベントパイプ方式のHAPSではスマホと基地局の距離が大きくなるため、4Gのサービスは提供できなくなる可能性があります。

 さて、モバイル通信関連の標準化を行っている3GPP(3rd Generation Partnership Project)では、衛星やHAPSを利用するモバイル通信をNTN(Non-Terrestrial Network、非地上系ネットワーク)として標準化を進めています。そして、NTNによる通信機能を5Gの一部として標準化しており、NTNでもユーザーは5Gサービスを利用することが可能となります。

 NTN用の仕様では、スマホと基地局の距離が大きくなっても5Gモバイル通信が提供可能となっています。なので、NTN仕様を利用すればフィーダリンクとして迂回ルートを利用する場合もモバイル通信サービスが提供可能となります。

 

| HAPSの運用


 HAPSを利用した商用のモバイル通信サービスは2026年頃から始まる可能性があります。現実には、1つあるいは数機のHAPSによる運用から始まるかも知れません。HAPSは特定の位置に留まり、限定したエリアに継続的にサービスを提供するので、低軌道衛星のように多数の機体を同時に飛ばしてコンステレーション(星座のような群)を構成する必然性はありません。

 地上系では多くの場合、競争原理に基づき一つのエリアでも異なるモバイル通信事業者の基地局が個別に設置されます。一方で、主に経済性の観点からインフラシェアにより基地局の一部をモバイル通信事業者間で共用するという動きもあります。

 HAPSにおいても、一つのエリアに一つのHAPSを配備して複数モバイル通信事業者で共用するという可能性もあります。シェアリングにより、HAPSのサービスリンクで異なる通信事業者の周波数を使えるようにし、地上局の先でそれぞれの通信事業者のコアネットワークに接続するような構成が実現できます。

 

| HAPS通信のための研究開発


 HAPSを利用したモバイル通信は未だ実用化前で、研究開発途上の要素技術も多くあります。例えば、スマホが利用するサービスリンクの無線周波数をいかに効率良く利用して、最大の性能を得られるようにするか、地上系と同じ周波数を利用するに際して地上系の基地局との干渉をいかに最小化するかなどの課題を解決する技術が求められます。

 また、HAPSを利用する全てのスマホとのデータや制御のための信号を束ねて送るために、高速広帯域が必要となるフィーダリンクをどう実現するかという課題もあります。広帯域が確保できるミリ波や光無線を利用する可能性についての検討が進んでいます。また、HAPS間やHAPSと衛星との通信回線を利用する場合に、どのような技術を利用するかという課題もあります。

 これらの課題に取り組む研究開発プロジェクトも設定されており、設備面やビジネス面での準備と並行して進められています。

 

 

| HAPS商用化に向けて


 本記事ではHAPSを利用したモバイル通信にフォーカスして、実現技術や課題を述べてきました。実際には、飛行体としてのHAPS自体に関わる課題もたくさんあります。例えば、成層圏でいかに安定して機体を同じ位置に保持するか、対流圏を経由して成層圏までいかに上昇飛行するか、特に冬期や緯度の高いところで太陽光発電と蓄電だけでいかに長期間成層圏に滞在させられるかなどの課題があります。
 また、同じエリアで長期継続的にモバイル通信サービスを提供し続けるためには、後継のHAPSを同じ場所に持ってきてから切り替える必要があります。この切り替えをいかに円滑に行い、サービスを途切れなく提供するかという課題あります。
 これらの課題を含む様々な障壁を乗り越えて、日本がリードしているHAPSを用いたモバイル通信が早期に実現されることを期待します。

 

| 藤岡 雅宣


1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士

 

 

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2024年6月28日掲載

 

藤岡雅宣の モバイル技術百景

 

バックナンバー

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 2024年6月(連載開始)

藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

 

地下鉄、高層ビル、ショッピングセンターや万博会場などでスマホがつながるしくみ

―パッシブインフラシェアリングとは―

藤岡 雅宣 2024年6月28日 00:01


 本連載の5月の記事では、無線基地局を複数のモバイル通信事業者がシェアする「アクティブ」インフラシェアリング(以下、インフラシェア)を中心に解説しました。

 今回は、基地局の設置場所やアンテナ、電源などをシェアする「パッシブ」インフラシェアについて見ていきたいと思います。ショッピングセンターや大きなビル、地下街、地下鉄など、パッシブインフラシェアは多くの場所で使われています。

 

| インフラシェアとは


 前回の記事でも述べましたが、インフラシェアというのは複数の通信事業者間でネットワークインフラを共用(シェアリング)することです。モバイルネットワークのインフラシェアでは、主に無線アクセスネットワーク(RAN:Radio Access Network)の基地局および周辺設備の全体あるいは一部を共用します。

 RAN共用には図1のように、共用範囲によってアクティブシェアリングとパッシブシェアリングと呼ばれる形態があります。アクティブシェアリングというのは基地局設備の全体あるいは一部、場合によっては無線周波数まで共用する形態です。

 一方で、パッシブシェアリングというのは、鉄塔やビル屋上など基地局の設置場所や局舎、電源線や伝送回線とそれらを通す配線溝などのスペース、無線アンテナやアンテナを設置するポール、蓄電池や警備システムなどを共用する形態です。また、電波を送るためのケーブルやアンテナを共用する形態もパッシブシェアリングになります。

 

 

公共スペースの不感対策  


 トンネルや地下街、地下鉄など公共スペースで屋外基地局からの電波が届かないエリアの不感対策としては、複数のモバイル通信事業者が共同で基地局アンテナやケーブルを敷設する形態が有効です。

 日本では、主に全ての全国モバイル通信事業者が共同で運営している公益社団法人移動通信基盤整備協会(JMCIA: Japan Mobile Communications Infrastructure Association)が1990年代初頭以来、不感対策として共用設備を展開しています。

 図2は、JMCIAのシステムで地下鉄トンネルや駅構内をカバーする様子を示しています。各モバイル通信事業者の基地局は共通の機械室に設置され、電源や空調を共用しています。基地局本体の無線装置からアンテナへの電波出力は、各社の電波強度が同程度となるように調整の上、光伝送装置の親機に接続されます。


 光伝送装置の親機では、各社の電波出力を合成した上で、一旦有線での長距離伝送に適する光信号に変換します。そして、光ケーブルを通して電波に相当する光信号を子機に送ります。

 

地下鉄線路沿いの共用システム


 図2左で、地下鉄線路沿いには子機で光信号を電波に戻したあと、今度は漏洩同軸ケーブルを通して電波を送る様子が示されています。

 同軸ケーブルは、テレビのアンテナから受像機までの受信電波の伝送などにも使われていますが、ケーブル内で電波を搬送することができます。漏洩同軸ケーブルは、この同軸ケーブルの外部導体に数cm~数十cmごとに小さなスロット(穴)が開いておりそこから電波が周辺に漏れる構造になっています。

 一つの漏洩同軸ケーブルは数百m~数kmの長さであり、長い線路をカバーするにはその長さのケーブルを線路区間ごとに敷設して利用します。

 地下鉄では漏洩同軸ケーブル以外に、通信事業者基地局の電波出力を合成したあと、高出力のアンテナでトンネル内の線路沿いに吹込む形態もあります。この場合、電波を必要な方向にのみ放射する指向性アンテナを利用して、効率良くトンネル内をカバーします。

 

地下鉄駅構内や地下街の共用システム


 図2右では、地下鉄駅構内において分散アンテナシステム(DAS: Distributed Antenna System)によりカバレッジを確保する様子を示しています。DASでは、光伝送装置の親機からの光信号を子機で無線信号に戻して構内の天井や壁に設置したアンテナから放射します。

 地下街でも同様に各モバイル通信事業者の基地局を機械室などに設置し、共用のDASソリューションにより通路や通路沿いの商店内のカバレッジを確保しています。

 子機は光信号を分岐して無線信号に戻すと同時に、並行してそのまま中継することが可能です。なので、一本の光ファイバー沿いに複数の子機を数十m間隔で縦列に接続して、広いエリアのカバレッジも確保できます。

 

トンネルの共用システム


 高速道路などのトンネルでは、出入口付近に各モバイル通信事業者の基地局を設置し、地下鉄トンネルでも一部用いられている仕組みと同様に、高出力の指向性アンテナを用いて合成した通信事業者基地局の電波出力をトンネル内に吹込む形態が一般的です。

 一方で長いトンネルでは、図2右に示したものと同じ仕組みのDASを利用する形態もあります。光伝送装置の親局からの光信号をトンネル内の壁面などに設置した子機で無線信号に戻して、アンテナから電波を放射します。

 

ビルやショッピングセンターでのインフラシェア


 大型のショッピングセンターやオフィスビル、ホテル、大規模病院などでも、屋外の基地局からの電波が十分に到達しないことから、屋内用の設備を設置してモバイル通信のカバレッジを確保するケースが多くあります。この場合一般に、個々の事業者が個別に設備を設置するよりも、インフラシェアにより共用システムを利用するほうがコスト的に有利となります。

 このような屋内インフラシェアソリューション(IBS: In-Building Solution)に多く利用されているのが、地下鉄駅構内や地下街でも利用されているのと同様なDASです。図3にオフィスビルにおけるIBSの仕組みを例示します。


 ビル内に設置されたモバイル通信事業者各社の基地局からの電波をDAS親機で合成し、光信号に変えて各フロアに分配します。各フロアにはDAS子機が設置され、その子機からはそのフロアや場合によっては近いフロアの天井の適切な場所に設置した一つあるいは複数のアンテナに電波が届けられます。

 図3の例では、4Gの場合は各フロアで子機からアンテナまでは同軸ケーブルを用いています。一方で、5Gのサブ6(5G専用の3.7GHz帯や4.5GHz帯の無線周波数)では、同軸ケーブルだと減衰が大きくなり過ぎるので光信号でアンテナまで送りアンテナ部で光を電波に変換しています。

 従来、各モバイル通信事業者が個別に屋内カバレッジ用システムを構築してきた例も多くありますが、システム更改時期となっているシステムも多く、その更改に合わせて5Gにも対応したインフラシェアに切り替えるという需要も出てきています。

 従来の事業者個別に構築したIBSに追加で、5Gサブ6のサポートをインフラシェアによって実現している例もあります。

 さて、海外では高層ビルなどで上記のDASではなく漏洩同軸ケーブルを各フロアの天井裏に這わすシステムも利用されてきましたが、DASがより一般的となってきています。日本でも、ほとんどのケースでDASが利用されています。

 なお、日本では主にJTOWERとSharing Designがオフィスビルやショッピングセンターのインフラシェアビジネスを推進しています。

 

| タワーシェアリング


 タワーシェアリングというのは、一つの鉄塔やコンクリート柱などの「タワー」に複数の事業者がアンテナや基地局装置の一部を設置する形態です。米国、中国、オーストラリア、インドなどではタワーカンパニーと呼ばれる会社が共用のためのタワーを保有し、設備設置の場所を提供しています。

 図4にタワーシェアリングのイメージを示します。タワーの敷地に各モバイル通信事業者の基地局が設置され、電源や付帯設備の一部を共用します。タワーには、図4左のように各通信事業者のアンテナが個別に設置される場合と、図4右のように共用アンテナを利用する場合があります。


 日本では、主にJTOWERが通信事業者からタワーを取得したり、自ら新設してタワーシェアリング事業を展開しています。

 JTOWERの場合、通信事業者からタワーを取得した場合には、その事業者のアンテナが既に設置されていることもあり、アンテナは個別に設置される場合が多いということです。一方で、JTOWERが自らタワーを新設した場合には、共用アンテナを使う場合が多くなります。

 

スマートポール


 都市部の人が集まる広場などで、一つの共用ポールに複数のモバイル通信事業者のアンテナや無線装置を設置する形態のインフラシェアも導入され始めています。共用ポールは多目的な公共設備として、デジタルサイネージ、Wi-Fiアクセスポイント、LED照明、監視カメラなども設置されます。

 ポールの下には各通信事業者の無線装置や共用電源装置が設置され、基地局とモバイルネットワークを接続するための光アクセスラインが敷設されています。

 スマートポールは東京都などの地方自治体の事業として推進しているケースが多く、今後人の多く集まる都市部で広く展開することが期待されます。

 

大阪・関西万博でのインフラシェア


 2025年4月から始まる大阪・関西万博でも、全国モバイル通信事業者4社間でのインフラシェアにより国内、海外からの来訪者や現地で働く人たちがスマホを利用できるようにする予定です。会場内に4社の基地局を収納するサイトが数十箇所設けられ、それぞれのサイトで共通のコンクリート柱にアンテナを設置する計画です。

 会場では、4Gに加えて5Gのサブ6がサポートされる予定です。図5に示すように、4社の基地局に対する給電線を共用し、新たに開発された4社共用アンテナを利用することによりアンテナの数も大幅に削減しています。


 大阪・関西万博では、大型のパビリオンを中心に屋内インフラシェアも提供される予定です。仕組みとしては、上記のオフィスビルなどで使われているのと同様のDASが適用されます。

 なお、大阪・関西万博についてはSharing Designがインフラシェアのためのシステムを提供する予定です。

 

パッシブシェアリングの仕組みの進化


 モバイル通信は4Gから5Gへの進化が進んでおり、インフラシェアも5Gへの対応が求められています。5G専用のサブ6周波数への対応に加えて、無線性能を担保するためにこれらの周波数に合わせたアンテナ配備などをチューニングする必要もあります。

 3Gまでは端末は一つのアンテナと無線でつながっていれば良かったのですが、4Gや5GではMIMO(Multiple Input Multiple Output)技術により複数系統のアンテナを同時に利用する仕組みが取り入れられています。なので、DASについても同じエリアやフロアに複数系統のアンテナを配備して、スマホが異なる系統のアンテナと同時につながるようにする必要があります。

 一度設置した設備も、これらのモバイル通信の進化に伴って適切な時期で更改することが求められます。

 5Gでは、ミリ波として28GHzも通信事業者に免許が付与されています。現状、このミリ波についてはあまり使われていないという課題があります。ミリ波についても、インフラシェアによりコスト効率よく基地局などの設備を設置・運用して、私たちが広く利用できるようになることが期待されます。

 

 

おわりに


 インフラシェアはモバイルネットワークをコスト効率良く構築する手段であると同時に、設備共用により全体として消費電力を減らすという面でSDGsに貢献します。インフラシェアソリューション自体も電力効率を良くすることにより、更にSDGsに貢献できると思われます。

 日本は先行国に比べて5Gの展開が遅れていると言われています。インフラシェアは5Gの展開を加速する有効な手段であり、これも利用して早急に広く5Gが利用できるようになることが期待されます。

 

| 藤岡 雅宣


1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士

 

 

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